第106話 強敵

 もはやどんなに急いでも期限までに王都に行くのは絶望的で、気持ちがいて仕方がなかったが、これ以上急ぎようがなかった。


 連れて行く以上速度を落とさざるを得ないと思っていた二人だが、その火力を最大限に生かすべく戦略を強襲と逃げに切り替えたところ、これ以上ない大活躍を見せた。


 可能な限り戦闘を回避しながらゴラッドの方向に移動。

 襲ってくる獣が多くなってきたところで、ちびにその辺を縄張りにしている獣の位置を確認。即席の推進を使った俺が、途中にいる獣を蹴散らしながら真っ先に駆けつける。

 足止めしているうちに追いついてきたソフィが魔術をぶっ放し、周辺をでっかく巻き込みながら討伐。

 俺たちを追って来た獣は、殿しんがりを務めるちびが、俺たちに追いつく直前にドラゴンとなり一掃。

 三人合流したところで、またゴラッドに向かって移動。

 

 ちびは毎回服を着ないといけないからか、合流するたびに裏返しだったり後ろ前だったりしていたが、ソフィは気がつかないようだった。


 というのも、この作戦では、ソフィの負担が一番大きいからだ。


 俺は見張りもあってほぼ寝ていないが、徹夜は慣れている。きついとはいえそこまでではない。

 ちびも、やたら腹が減るようだが、移動も魔術も苦ではないようだった。


 一方、ソフィは、俺が取りこぼした獣を一人で相手取り、やっと追いついたと思えば大量の魔力をつかって魔術を起動。

 休めるのはちびが追いついてくるまでの間だけ。

 魔力切れを起こしそうになったところで休憩。少しだけ食事をとる。

 本格的に動けなくなったところで、昼夜問わず仮眠。


 なのに泣きごとひとつ言わず、不満も漏らさず、気力と体力と魔力を振り絞ってついてきた。

 我が弟子ながらあっぱれである。


 よくもまあ、まだつきあいの短い俺にこんなことを命じられて、大人しく従えるものだ。

 俺なら断固抗議していただろう。

 

 というか、俺が弟子ソフィに対してやっていることってもしや師匠並み――は言いすぎか。

 あの人には素っ裸で放り込まれたからな……。

 

 思い出して、ぶるりと体が震えた。

 駄目だ。これ以上この記憶に触れてはいけない。他の記憶と同様に、厳重に鍵をかけて沈めておかねば。


 そうやって、森への被害も生態系への影響もソフィの負担も全部無視して突き進み、何度となく繰り返した跳躍による確認の末、ついに森のふちを視認したのは、走り始めてから三日後の夜だった。


「出口が見えた。まだゴラッドは見えないが、森を抜ければあとは早い。あとひと踏ん張りだぞ。


 立ったままもぐもぐと何かを食べているちびと、地面に仰向けに転がって目を腕で覆い、肩で息をしているソフィに声をかける。

 

「わかり、ました」


 ソフィはふらふらと立ち上がった。


 痛々しいが、頑張ってもらうしかない。

 弟子にここまでさせて、俺は本当に情けない。


「行くぞ」




「せんせっ!」


 そこからさらにかなりの距離進み、そろそろまた跳躍で確認しようとしたとき、ちびが突然鋭い声を上げた。

 今まで聞いたことのない、緊張した声だ。


「どうした?」


 立ち止まったちびを振り返って聞く。

 後ろで、ソフィがどさっと座り込む音が聞こえた。


 ちびは眉をしかめて一歩下がった。


「ちび?」


 ちびは指で前方を指し、さらに下がった。


 ぐにゃりと空間がゆがむ。

 ドラゴンに戻ろうとしている。


 しかし、本人は前方の一点を見つめ続けており、空間もゆがんだり正常に戻ったりとふらふらしている。

 無意識の衝動なのか?


 感覚強化をしていない俺には何も感じない。

 だが、ちびの様子が尋常ではない。


 いったん離れようと、ソフィに声をかけようとしたとき、ちびがダダッとさらに数歩下がった。


 その瞬間、ちりりと首元で感じる嫌な気配。


 それは、ちびの示す前方ではなく、真横からで。


 一瞬後、何かが茂みから飛び出してきた。


 とっさにかがみ、きらりと光る細長いものをけると同時に足を振り上げ、横からそれを蹴りつけた。


 が、すぐさまきらめきは引っ込み、蹴りはくうを切る。


 両手で地面を押し、そいつから離れる方向に跳んで体勢を立て直す。


 対峙したそいつは、予想をはるかに上回る強敵だった。


「相変わらずいい動きすんなぁ」


 そいつは、後ろでくくった黒い髪をなびかせて、にやりと笑った。

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