第104話 水浴び

 聞かなかったでしょ、とむくれるちびをなだめ、言い方が酷いと怒るソフィもなだめ、ちびに水辺に連れて行ってもらった。

 

「これ、カルチュアの木ですわね」

「カルチュア?」


 大して幅の広くないその川には、枝の広がった木がいくつも生えていた。

 どうりで上空から見えないわけだ。


 水面あたりまでが幹で、水中部分は腕くらいの太さの枝を束ねたようなもので構成されていた。


「先生はご存知ないんですの?」

「だからお前は俺を何だと……」

「水中で幹を支えているのが根ですわ。根で川底を削り、根の部分を長くしていきながら成長するのです。さほど大きくない川ですが、想像以上に深さがありますのでご注意下さいませ」

「物知りだな」

「これでも、学園では優秀な成績を修めていたのですわ!」


 えへんと胸を叩くが、今のソフィの姿じゃ、学園に通っていたお嬢様だとはとても思えない。


「こんな森の奥の植物まで習うのか」

「カルチュアは北部では街や村の中を流れている川にも生えていますので」

「へえ。――ってお前、何してんだ!?」


 ソフィに目を向けると、川岸に腰掛けてブラウスのボタンをはずしていた。

 靴と破れているニーソックスはすでに脱ぎ捨てられている。


「何って、水浴びの準備ですけれど」

「ここで脱ぐなよ!!」


 俺は後ろを向いて叫ぶ。


「ではどこで脱げと言うのです?」

「場所の問題じゃない! 俺たちがいなくなってからにしろという意味だ!」

「どうしてですの? 中までは脱ぎませんわ。先生も一緒に浴びればよろしいのに」


 お前のビキニは下着にしか見えないんだよっ!


 初めて見たときは、露出狂かよとツッコミを入れられるだけの余裕があったし、水中で見れば水着に見えるんだろうが、目の前で服を脱がれるとさすがに動揺してしまう。


「全部脱いでちゃんと洗え。着たままじゃ洗いにくいだろ」

「そうですわね。ではお言葉に甘えてそうします」

「ちび、俺たちは後だ。行くぞ」

「え?」


 ちびを見ると、シャツを脱ぎ捨て、ズボンに手をかけているところだった。

 なんで、という顔をしている。


「なんでもだ! ほら、休憩とりたいだろ」


 ちびはそれもそうかという顔をするが、ソフィが「休憩なら今なさっているじゃありませんか」ともっともな疑問を口にした。


「あー、なんだ、用を足しに行く」

「そうですの。いってらっしゃいまし」

「終わったら声をかけろよ。服を着てからな!」

「わかりました」


 俺たちはソフィから見えず、こちらはソフィの姿を確認できる位置に移動した。

 もちろん何かあったときにすぐに状況を確認するためだ。


「ちび、念のため聞くが、周りに獣はいないな?」

「くあくあー」


 ドラゴンに戻ったちびは、うろこだらけの頭を少し引いてこちらを斜めに見た。

 当たり前でしょと言っているように見えた。


 人間になるようになってから、なんだかかわいさが減ったような気がする。




 ソフィに呼ばれて水辺に戻ると、ソフィはちゃんと服を着ていた。

 体の汚れがなくなっただけで、ずいぶんさっぱりしていた。


 洗濯もしたのだから当然だが、服はぐっしょりと濡れていて、特にブラウスはぴったりと張り付いていた。

 汚れているときは気にならなかったが、洗濯で少しきれいになったことで、中のビキニトップがくっきりはっきり見える。

 スカートとニーソックスの間の絶対領域の内ももを、水滴がつっと流れたのを見て、たまらず後ろを向いてしまった。


「ち、ちび、俺たちも浴びようかっ。そそ、ソフィ、枝を拾ってきたから、火を起こして暖を取れ」

「わたくしが火を? ちびさんにお願いしたほうが……」

「そそそそれもそうだな。ちび、できるか?」

「んんー」


 ちびは首をぶんぶんと横に振った。


 そうだった。

 人間のままじゃ魔術は使えないんだった。


「そうか、嫌か。じゃ、じゃあいつものように俺がやるしかないな」


 俺は土のある所に移動して、火を生み出す魔法陣を描いた。

 ソフィが近づいてきたが、視線を向けないようにする。


「ソフィ、頼む」

「はい!」


 しゃがんで魔法陣に触れるソフィ。

 髪が張りついたうなじが目に入る。


「先生、できましたわ。……先生?」

「ん!? ああ、じゃ、じゃあそれで焚火たきびを起こしておいてくれ」

「先生、さっきから様子がおかしいですわ。大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫だ。ちび、行くぞ」

 

 煩悩ぼんのうを振り払うように、俺は服のまま川に飛び込んだ。

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