第103話 早く言え

「お前なあ、こんなことできるなら早く言えよ」


 黒焦げの塊を見上げながら、言うと、ちびがムッとした。

 ソフィもこちらを見て唖然あぜんとしている。


「ん、悪い。よくやった。助かった」


 わかればよろしい、と腕を組んだままのちびが目をつむって大きくうなずく。


 褒めたつもりなんだが。わかりにくかったな。

 俺も師匠のこの言葉に何度もショックを受けたものだ。


「これ、ネズミでしょうか?」


 黒焦げを見て回りながら、ソフィが言った。


「かもな」


 四肢が極端に短いが、体形と尻尾はネズミらしさが出ている。


 ふわふわの毛に覆われていた割には思ったよりも体が大きく、なるほど木々をなぎ倒すだけはあるなと思った。


 ふとちびを見ると、指をくわえてじっとネズミに熱い視線を送っていた。

 辺りは美味そうな匂いに満ちていて、ずっと走りずくめだったのもあり、食べたくなる気持ちはよくわかる。

 だが。


「まずは寝床の準備だ。それが終わったら飯にしよう」


 昨夜使ったロープは三人とも腰に巻いて運んできてはいるが、材料が手に入るのであれば、作り直した方がいい。

 乾燥させていないつるは腐る。


 つるを集めるのと、ロープを編むのはちびとソフィに任せ、俺は手ごろな木の周囲に魔法陣を描いて回った。

 一帯のボスを倒したのだから、今夜どころかこのさき二、三日は襲撃がないだろうが、念のためだ。


「よし! じゃあ飯にするぞ!」

「はい!」

「おー!」


 ネズミの中心部は丸焦げだったが、外側は大変美味だった。


 その夜、俺はうたたねをしながら見張りをしていたが、結局襲撃は一度もなかった。





「全然来ませんわね」

「ああ。これほどとはな」


 前日、小物から大物まで、襲ってくる獣に足止めを食らい続けていた俺たちだったが、今日はほとんど獣が寄ってこない。


「これって、ちびさんのお陰なんですのよね?」

「だな。ちびが縄張りの主を倒したことで、周りの獣が警戒しているんだろう」


 ちびが走りながらこちらを向いてドヤ顔をした。


 よそ見して転ぶなよ。


 やぶをかき分けるまでは行かずとも、獣道などない森の中だ。

 足元を覆う草で地面の起伏や石などは見えていない。


 ソフィもちびもよくついて来る。


「へぶぅ!」


 しかし、お約束のような絶妙のタイミングで、ちびが転倒した。

 腐り落ちた枝を踏んだらしい。

 

 びったーんと全身から転ぶのはいつ見ても痛そうだ。


 受け身までいかなくても、手を付く練習くらいはさせないといけないな。

 転んだ先にとがった石でもあったら目も当てられ――


「きゃー!」


 立ち止まったソフィの悲鳴はもっともで、ちびの額はぱっくりと割れて血が吹き出していた。


 当人は、痛いなあと顔をしかめて額を触り、べったりと血の付いた手を見て、あらまと驚いた顔をした。


「そひー」


 呼ばれたソフィは返事をしない。

 すでに詠唱に入っているからだ。


「手で傷口を押さえておけ」


 俺が手を取って額に持っていくと、大人しくそれに従う。


「ついでだ。少し休憩しよう」


 ソフィに血を止めてもらったちびは、しかし顔面血まみれなのはそのままで、もちろん服の前部分も濡れててらてらと黒光りしている。


 というか、俺たち全員が、汗と泥と血と返り血にまみれてどろどろだった。

 俺とちびの服は風の刃で切られた部分がだんだん裂けてきているし、ソフィだって獣の攻撃で破られているところがある。


 体に必要な水分は果物から補っているが、いい加減体も洗いたい。


 俺ですら、汗をかけば張り付いて乾けばごわごわとする服にうんざりしているのに、ソフィが文句を言わないのが不思議だ。


 においだって相当なものだろう。

 ちびがドラゴンになるたびにイヤそうな素振りを見せるのを俺は知っている。


 だが上空からは見つからなかった。


 これだけの森で川がないわけない。

 起伏的に北から南に流れているはずで、森を横切っていればそのうちぶち当たると思っていた。


「なんで水辺が見つからねえんだ」

「え?」


 ぽつりと呟くと、ちびがきょとんとした。


「まさか、お前……!」


 あっち。

 とちびが指差した。


「それを早く言え!!」

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