第99話 緊縛

 動けないソフィをよそに、俺は野宿の準備を始めた。


 ちびに探してもらってきたつるを編んでロープを作る。


 居心地の良さそうな木を今晩の寝床に決め、周辺の地を丁寧にならしてから、木を囲むように魔法陣を複数描く。

 地を引っ掻くだけではあまりにも弱すぎるので、ちびの爪を借りて腕を切り裂き、筆記具代わりの枝に血を伝わせながら描いた。気休めくらいにはなるだろう。


 ソフィが体を起こせるようになった頃には、準備はすっかり整っていた。


 ソフィを木の枝の上に幹を背に座らせ、ロープで体を固定してやる。


 できれば体に何かかけてやりたいが、生憎あいにく何もない。

 胸の上下に回したロープが膨らみを強調していて、自分の手で縛っているという事実になんだか変な気分になってくる。


「ん……、せんせぇ、少し、キツいです……」

「お、おお、すまん」


 不覚にも、ソフィが出したなまめかしい声に動揺してしまった。


「端を引けばほどけるようになってるからなっ。寝心地は悪いだろうが、我慢しろよっ」


 吐き捨てるように言って、木をさらに登る。


 次はちびの番だ。


 ソフィより一段上の、ちょうど真裏にあたる枝に、ドラゴンちょこんと座っていた。


「窮屈だけど大人しくな」


 翼に気をつけて緩めにくくる。

 ちびがくーと小さく鳴いた。


 俺は二人よりも下の枝に、幹を背にして腰掛ける。

 縛りはせずとも寝ている間に落ちたりしない。


 寝れる間に眠らないとな。


 俺は目を閉じた。




 ――来たか。


 首の後ろで感じるいやな感覚。

 意識が急速に覚醒していく。


 俺は枝から飛び降りた。

 立てかけてあった枝に手を伸ばす。


 二体、いや、三体か。


 こんな森の奥で、どんな奴が来るか。

 楽しみだな。



 最初に正面から出てきたのは、見慣れたトラティットだった。

 家の近くに出没するのよりも大きいが、所詮は扱い慣れたトラティット。魔法陣がなくても余裕だ。


 明日の朝食はトラティットの塩焼き――は無理か。塩がない。

 幸いトラティットは焼いただけでも美味い。空腹も最高のスパイスとなってくれるだろう。


 まさかこんなところでトラティットに出会えるとは。

 日頃の行いの賜物たまものかね。


 他の二体は左右斜め先でじっとしている。


 視線をそらしたのを好機と見て取ったか、トラティットが動いた。


 体の割に小さなひづめが地面に食い込み、巨体とは思えない速度で突っ込んでくる。

 頭を低くしていて、正面から受ければ容易く跳ね上げられてしまう。


 だから、受け止めるようなことはしない。


 ぶつかる直前に、体を回転させるようにひらりとかわす。


 普通に考えればそのまま走り抜けていくんだろうが、トラティットが厄介なのは、巨体に似合わないその機動力にある。


 踏ん張った脚で瞬時に勢いを殺し、飛び跳ねるように向きを変えて俺に襲いかかろうとする。


 動きを読んでいた俺はさらにそれをかわし、正面に横顔をさらしたトラティットの顔面を、振りかぶった枝で殴りつけた。


 ブモォォォと苦悶の鳴き声を上げるトラティット。


 ひるんだそいつのねじくれた頭の角を左手でひっつかみ、首をそらせる方向に倒す。


 がら空きになった急所の首に、枝の根元――折れて不揃いになった部分――を思いっきりぶっ刺した。


 血が吹き出して顔に掛かるが、暴れるトラティットの角は手放さない。

 とどめとばかりに枝をさらに押し込んだ。


 鳴き声がごぼごぼという水泡に変わり、抵抗の力が弱まったところで、足を体に当ててぐっと向こう側に押し倒した。


 どうと倒れたトラティットは、小さく痙攣けいれんし、すぐに動かなくなった。


 さて。

 次はどいつだ?


 気配の主のあたりをにらみつける。


 すると、二体とも、ふいっと離れていってしまった。


 俺に恐れをなしたのか、様子見だったのか。


 来ないならその方が助かる。

 あと少しで、自分の手すら見えなくなるだろう。感覚強化がない今は完全な闇の中での戦闘は避けたい。

 それに、少しでも寝ておかないと明日がつらい。


 引き抜いた枝を幹に立てかけ、感覚を頼りによじ登る。


 俺の場所に座り込むと、上からソフィの寝息が聞こえてきた。


 こんな場所であんな体勢でいるのに眠りこけるとは、神経太すぎだろう。

 本当にお嬢様なのか?

 

 まあ、襲撃に気づかず馬車から投げ出されても起きなかった俺に言えた話ではないが。


 見上げると、ちびがこちらを見てくあと鳴いた。

 さすがにドラゴンは起きるよな。

 暗いせいではなく表情は全く読めないが、お疲れと言ってるような気がした。


 今夜は熟睡するわけにはいかない。感覚強化が欲しいと思いつつ、目をつむった。




 ぺちゃぺちゃと妙な音がして目が覚めた。

 空が白み始めている。


 あれから何度か獣が近くまでやってきて、うち何回かは戦闘になった。


 獣の死骸を持っていくだけの小物もいたが、自分のものだと主張した上でくれてやった。

 たくさんあっても食べられないし、素材も運べない。


 残っているのは最初に倒したトラティットだけだ。

 これだけは譲れない。


 そのトラティットを見れば、何か動くものが見え隠れしている。

 奇妙な音はそこから聞こえてきた。


 嫌な感じはしないからこちらに敵意があるわけではなさそうだが……。


 静かに飛び降り、枝を片手にそぉっと近づくと、トラティットの腹に頭をうずめたソレが気が付いてこちらを向いた。


 真っ赤に濡れた口には鋭い刃がいくつも並んでいる。

 血がしたたる肉をつかんでいる前脚には、鋭い鍵爪がついていた。


「ちび、何やってんだ?」


 つまみ食いが見つかったちびは、肉を置き、申し訳なさそうに頭を低くしたまま一歩引いた。

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