第98話 迷子

「まずは落ち着いて現状を確認しよう」


 よっこらせっと立ち上がって座っている二人を見下ろす。


 こくりとソフィがうなずく。

 ちびはくあぁぁとあくびをした。


「二人とも怪我はないな? 俺も痛むところはない。持ち物……はもともとないか。俺の弓はこの通り、どこかにいってしまった。ソフィ、ガジェ――さっきの枝はどうした?」

「流されている途中で、落としてしまいました」


 だよな。あれだけ重けりゃな。

 いい得物だったのに。


「じゃあ、その辺のをまた拾っておけ」


 はい、と弱々しい声が返ってくる。


「では肝心の、現在地はどこかを考える。どのくらい流されたかはわかるか?」

「わかりません……先生を見失わないようにするので必死で」

「俺の記憶の範囲でも、かなりの距離運ばれていたと思う。それでも森を抜けていないということは……ソフィ、どう思う?」

「森の奥に流された可能性は、なきにしも、あらずと言いますか、ないと、言わざるを得ないかと、思わなくも、なくも、ない、気もしないように、思わなくも、ありません……」


 何言ってるかわかんねえよ。


「端的に言うと?」

「森の奥に流されました」


 がっくしとソフィが肩を落とした。

 最初からそう言え。


「方角で言うと?」

「南です。……その先は海ですから、土地の起伏からしてもそう考えるのが妥当です。まっすぐ南に進んだのか、アルトの方角に寄っているのか、ゴラッドの方が近いのかはわかりません。この森は、広大、ですので……」

「よろしい」


 それを俺が知っているのは、単に俺の家の周辺もこの森の一部だからだ。

 ソフィは学園できちんと国土の地理を学んできたのだろう。


「跳んで見るのが一番早いな」


 俺は跳躍の魔法陣を描こうと、その辺の木の枝を折りとった。


「魔法陣を描くのですか!?」


 ソフィが真っ先に飛びついて、離れたところで手を動かし始める俺に近寄った。


「跳躍の、な」


 地面を引っ掻く枝の先を、食い入るように見つめている。


 そこにいると邪魔なんだが……。


「ソフィ、もっと離れて全体を見ろ。一本一本の線を見たって意味ないぞ」

「は、はい……!」


 ちびの様子が気になって振り返れば、横になってごろごろと転がっていた。

 周りに敵はいないらしい。


「よし、できた」

「え? これで終わりですの? 着地のときはどう――」

「危ないから、離れとけよ」

「せ、先生……!」


 ソフィの言葉を振り切るように、腰の後ろにある破砕器に手を伸ばし――


 ――て、空振った。

 

 破砕器持っていないんだった。


「……?」

「ソフィ、すまん、起動してくれ」

「起動できるのでは……?」

「アルトに置いてきた」

「え、ということは、先生は今、魔法陣を使えないんですの?」

「そうだが……?」


 はっきりとは言ってはいなかったが、陣を持っていない時点で、ほぼ使えないようなものだ。


「まあ!」


 ソフィは驚きと嬉しさが混ざったような変な顔をした。


「では、わたくしが先生のお役に立てるのですね!」


 なるほどそこか。


「ああ、頼む」

「では早速行きますわ」


 ソフィはしゃがみこみ、魔法陣に手を伸ばした。

 が、その手を引っ込めてしまう。


「先生、着地の時にどうするのか聞かせて頂いていませんわ」

「右の円の斜めに区切った左側に描いてある」

「え? んん~? え~っと……」

「後で読めばいいだろ。早くしろ。跳んだら離れてろよ」

「あ、はい。では行きます」


 ソフィは魔法陣に手を置いて、ぐっと力を込めた。

 魔法陣の線を光がたどっていく。


 俺は両ひざを緩く曲げ、跳躍の体勢になる。


「……あら?」

「おいっ!」


 光が魔法陣に行き渡らないうちに、ソフィの体がぐらりと傾き、そのままぱたりと倒れてしまった。


「力が、入りませんわ」

「魔力枯渇だな」

「そんな、わたくし、今まで一度も……」

「あれだけでかいのをぶっ放したんだ。魔力制御も未熟な状態じゃ、枯渇してもおかしくない。金髪でもな」


 俺はソフィを抱きあげて、少し離れた位置に移した。魔法陣には背中を向けるような姿勢で。


「これでは起動したところが見えません……!」


 見せないようにしてるんだよ。


「そこで大人しくしてろ。ちび、頼む」


 呼ぶと、ちびが仕方ないなあという顔でててっと走ってきて、ソフィの後ろでドラゴンに戻り、たしっと右前脚を陣に乗せた。


 軽く曲げていた両足に力をいれると、風の音と共に、体が高く高く跳んでいく。


 最大高度でふわりと止まり、見下ろした地は、一面もこもことした緑だった。

 右を見ても、左を見ても、後ろを見ても。


 森のへりはもちろんのこと、遠くに山も見えないし、かといって海も見えないし、川すらなかった。


 足下に円状の焼け跡と、そこからずっと先まで伸びる枯れた川のような筋があるばかりだった。


「こりゃあ……」


 上には真っ青な空と、白くふわふわとした雲だけ。

 日は大分低くなっていて、もうすぐ日が暮れるだろう。


 すたっと静かに陣に降り立った俺を迎えたのは、人間の姿のちびだ。


「参ったな。森のど真ん中に放り出されてしまったようだ。本気でここがどこだかわからない」


 ちびは、困ったねという顔をした。

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