第94話 弓矢

 ちびは、ただ俺の名前――ではないのだが――を口にしたのではなく、そっちに行って欲しかったようで、何度も呼ぶ声にはしゃいでは一向に近づいて来ない俺たちにイラ立ち始めた。


 腕を組んで、片足のかかとを支点にべしべしべしべしと足裏で地面を叩いている。


 これまでに何度か同じ仕草をしているが、初めて見たときから、イライラしていることはすぐにわかった。

 なんたってそれは俺の癖なのだ。

 子が親に似るというのはこういうことなのだなと、妙に感心したのを覚えている。


 手招きくらいしてくれよと無茶なことを呟きながら、ちびに走り寄る。


 しかしイライラするだけのことはあって、そこにはダマルダル石がダマダの木の根元から生えていた。


「よく見つけたなあ」


 頭をわしわしと撫でてやる。


 背丈が同じですでに違和感のある体勢になっているが、ふと、ドラゴンの姿が大きくなるにつれて、このまま人間のサイズもどんどん大きくなっていったらどうしよう、なんてことを考えた。

 今より多少背が伸びるだとか、けていくというのならよいのだが、巨人のようになってしまったらどうしたらいいんだろうか。これ以上重くなりすぎるのも困る。


 ドラゴンとしての大きさは変化がないように思えるが、ここから成長するのだろうか。それとももう止まっているのだろうか。ゆっくりすぎて気づいていないだけだろうか。


 じっとちびの顔を見ながら考えていると、ちびが不思議そうに首をかしげた。


 まあいい。

 考えても仕方のないことだ。


「この土色の石ですか? なんだかきらきらしていますけれど」

「触るな!」

「あ、ごめんなさい」


 足元でソフィが伸ばした手を、パシリと払いける。


「これはダマルダル石と言って、砕いてツリルリの花から絞った汁と混ぜると強力な毒になる。そのままでも毒性があるから、傷口には触れさせない方がいい」


 ソフィは真剣な顔で説明を聞いている。


「解毒の方法は?」


 真っ先にそれを聞くとは、やはり頭がいい。


「火を通す。煮るなり焼くなり蒸すなり。だから狩りにはもってこいだ。調理してしまえば毒が抜けるんだからな」


 ソフィは顔をゆがめた。

 自分の手を焼いているところでも想像したのだろう。


「もしくは、傷口を開いて大量の水にさらす。毒の回りは遅いが、できるだけ早く洗うことだ。でなければ大きく切り裂く羽目になる。大抵の毒はこれで対処ができる」


 やけどよりも切り傷の方が治りが早いが、どちらの痛みがマシかと言えば、一瞬の痛みですむやけどだろうか。


「毒抜きの魔術が使えるならそれが一番いいが、あれは難しいだろ?」

「わたくしにはまだできません」


 毒を外に引っ張り出すというだけの単純な構造の術だが、対象を明確にするために、呪文をアレンジしなくてはならない。

 丸暗記した呪文にただ魔力を乗せて唱えているソフィじゃ、まず無理だ。


「ちなみに、魔法陣だと魔術よりも厄介だ。その毒をインクに混ぜ込めば簡単だが、それでは描き終わるまで時間がかかって仕方がない。かといって、事前にどんな配合の毒が使われるかがわかっているときなんて、そうそうあるもんじゃない。それなら毒抜きの魔術を使う」


 俺なら、例え魔術が使えたとしても、手っ取り早く焼くか洗うかするけどな。


「せんせー」

「おお。でかした」


 講義をしているうちに、ちびがトラマド石まで見つけてきた。


「これは知っていますわ。割ると鋭くなって、刃物の代わりや矢じりとして使えるんですのよね」

「せんせー」


 俺が返事をする前に、ちびがぱたぱたと近づいてきた。

 その腕に抱えていたのは、十本ほどのスガルーの茎。


 それを無造作に地面に捨てると、またぱたぱたと走っていった。


「これはスガルーの茎。真っ直ぐで中空になっているので、矢に適している。あとはガムのつるとセラスのまゆがあれば……」

「せんせー」


 タイミングよく、ちびがその二つを差し出した。


「ちびさんすごいですわね」

「鼻が利く、んだろうな」


 ドラゴンだし。


「ソフィ、目を丸くしてないで、ちびともっとスガルーを採って来い。あとツリルリもな。獣がいたらちびが気づくから、ついて行けば危険はない」

「はいっ!」


 ソフィはちびを追って駆けていった。


 が、すぐに戻ってきた。


「見失ってしまいましたわ」


 しょんぼりと肩を落とすソフィに苦笑いを返す。


「毒の材料だとか、弓矢の作り方だとか、魔法陣にはほぼ関係ないのに、ちゃんと聞くんだな」

「先生の知識を全て吸収したいのです! 魔法陣に生かすかどうかは、得た後にわたくしが決めます! 先生がご自身で素材を集めに行かれる方だと、パース様に聞いておりましたから、その覚悟はできています」


 バシッと胸を叩く。


 やはりソフィを寄越した主犯はパースか。

 どうしてくれよう。


 トラマド石を割りながら、パースへの仕返しの方法を四つ考え、代わりに要求することを二つ考え、貸しを売りつけるのによさそうな人物を五人あげた。


「先生……なんだかお顔が怖いですわよ?」

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