第93話 連呼

「先生、これからどうなさるおつもりですか?」

「今考えている」


 女王陛下のご加護をエルドラ方向に走っているのだが、ソフィの息は全く乱れていない。

 意外に体力がある。ダンスを踊り続けるためにはかなりの体力が必要だというのは本当だったのか。


「へぶぅっ」


 横を走っていたちびがべしゃりと転んだ。


「大丈夫か?」


 手を差し伸べると、こくりと頷いて立ち上がる。

 こっちも体力的には問題なさそうだが、体の使い方にまだ慣れていないため、上手く走れていない。


 このままエルドラまで走り続けるのは不可能だし、この速度じゃその前に追っ手に捕まるだろう。エルマキアが出てきたら一瞬だ。


 なんたって俺たちは国家反逆罪の容疑で取り締まり中に暴れて逃亡した立派なお尋ね者なのだ。


 憲兵どもが全力で追いかけてくるだろう。


 そしてこちらは剣も杖もない丸腰の状態。荷物もない。

 隠し持っていたナイフもすべて没収された。


 残っているものといえば、隠しポケットに忍ばせてある魔法陣が数枚あるのみだ。さすがに紙切れは身体検査でも見つからなかった。

 しかし破砕器がないから使えない。俺専用だからソフィにも使えない。


 装飾品もほとんど没収され、魔石がはめこまれていない簡素な指輪が左手の人差し指と中指にはまっているだけで、ソフィも俺も身分証の魔石すら持っていない。


 しまった。

 の魔石、荷物に入れたままだった。

 首から下げていなかったのは不幸中の幸いだが、それもすぐに見つかってしまうだろう。そして偽物であることもすぐにバレる。


 いったいいくつ容疑がつくんだ?

 ソフィの誘拐容疑がおまけについてきたりとかしないよな?


 身の潔白を証明するには、というか、疑惑をもみ消してもらうには、師匠に連絡を取るのが一番だ。


 描いていた魔法陣が消滅して素材集めから始めないといけないなんて知ったら、あの凶悪な笑みをたたえながらアルトを吹っ飛ばしかねないが、背に腹は代えられない。


 ははは……。

 その怒りが俺に向かなきゃいいんだけど。


 問題はどうやって連絡するか、だ。

 協会なんて行ったら一発で捕まるだろうし、街に入れるかさえ怪しい。


 となれば、何とかして王都まで行くしかないのか。


 いや、それは非現実的だ。

 たとえたどり着けたとしても、街門でしょっ引かれるだろう。


 こうなったら――。


「あいつらを、頼ってみるか……」

「え? 先生、何かおっしゃいました?」

「いや、なんでもない」


 とりあえず今は、追手から隠れることが先決だ。


「ソフィ、ちび、こっちだ」

「え、でもそっちは……」


 俺たちはご加護を離れ、森の中に入っていった。




「先生、スラグが、またあのスラグが出てきたらどうするんです……?」

「あんなのはそうそう居るもんじゃない」


 がさごそと生い茂るヨシュをかき分けて奥へと進んでいく。


「で、でも、わたくしたち、武器もないんですのよ」

「お前は魔術が使えるだろ」

「でも制御が……」

「あんなでかいの使わなきゃ大丈夫だ。回復だってうまくやってたんだから。不安ならその辺の枝でも拾って杖代わりにしろ」

「そんな無茶なこと言わないでくださいまし!」


 不安の声を上げながらも、素肌が草で切れるのも構わずにしっかり付いてくるのだから大したもんだ。

 さらに、最後尾についているちびを気遣って、先に行くようにうながす余裕まである。かき分ける二人に挟まれている方が歩きすいとの配慮だろう。


 ようやくヨシュの密集地帯から抜け出し、一息ついた。

 三人とも細かい傷だらけで、頭や体に葉がくっついている。


 ぐしゃぐしゃになった髪を一度ほどいて葉をとり、きれいに結い直しているソフィのブラウスは、途中のボタンが外れたままで、付着した血が汗でにじんできていた。

 半分透けているようなものだから、もはや多少ビキニトップが見えていようとも関係なかった。


 一緒になってソフィの頭の葉を取っていたちびにお返しとばかりに、ソフィがちびを座らせて、暴れ放題になっている髪を整えてやった。


「さて。まずは武器を作らないとな。冗談抜きでその辺の枝を拾っておけ。打撃武器にはなるだろ」


 俺はカツルの木を探し、扁平へんぺい状になっている手ごろな長さの枝をふしから折り取った。

 先を地面にあて、体重をかけてしなり具合を確かめると柔らか過ぎたので、もう一本折り取った。今度は丁度よさそうだ。


「せんせー」

「んー……ん!?」


 声のした方に視線を向けると、そこにいたのはちびだった。

 こちらに向かって手を振っている。


「今、先生って、言いませんでした!?」

「俺にも、そう聞こえた」

「せんせー」


 もう一度ちびが言う。


「ちびさん、すごいですわ!」


 ソフィが手を叩いて喜んだ。

 それを見て褒められているとわかったのか、ちびがさらに「せんせー」と言う。


 しっしょー、と言ったきり何も話さなかったが、ついに別の言葉をしゃべった。


 しかも俺のことだ。ノトじゃなくて先生なのが若干残念だが、ソフィが連呼しているものだから、そう覚えてしまったのだろう。

 つーか、俺の名前を呼ぶ奴が周りにいないな。


 ……俺、師匠って連呼してた……わけ、ないよなあ?


「そっひー」

「先生! お聞きになりまして!? 今の、わたくしのことですわよね!?」

「ああうんそうだな」


 ソフィも同時かよ。

 なんだか複雑な気分になった。

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