第92話 ブチッ

 しばらくして、あの小男と屈強な男が二人現れ、ちびを連れていった。


 頑張れちび。耐えろ。


 さらにしばらくして、疲れた様子の小男と、つまらなさそうにしているちびが戻って来た。


 どうやら口を割らせるのに失敗したらしい。

 話せないのだから当たり前だ。


 偉いぞちび。よく耐えた。


 次に、ソフィが連れていかれた。


 ソフィはずっと「んーんー」わめきながら滅茶苦茶に手足を動かして暴れまわっていた。パンツは丸見えだわブラウスのボタンが弾け飛んでビキニトップも丸見えだわで、おまけに布地がズレそうになっていて、見ていられない。


 が、男たちは全く意に介さず引っ張っていった。


 軽はずみな行動には出ない……よな?


 ちびの時よりもずっと長い時間が経ったあと、ソフィは戻って来た。

 暴れてはいないが、目がギラギラとしていた。


 小男は憔悴しょうすいしきっていて、またも口を割らせるのに失敗したようだった。


 当然最後は俺の番だ。


 無抵抗で一人取調室に戻された俺の前には、さっきと同様、左から深緑色の若い女、焦げ茶の小男、紺色の眼鏡おばさんが並んで座っていた。

 体の前で縛られている手首が少し痛い。


 ずいっと小男が身を乗り出してくる。


「あの二人は吐いたぞ! お前も早く吐いた方がいい。今話せば自白扱いにしてやる!」

「嘘ですよね」


 おっと。

 思わず声に出てしまった。


「何を言っている! 嘘などではない!」


 小男はバンバンとテーブルを叩いて威圧してくるが、全く怖くない。


「国家に逆らうとどうなるかわかっているのか!? 死刑はまぬがれんぞ!」


 おや。

 深緑色のお姉さんがペンを持っていない。

 なるほどこれは非公式な取り調べというわけか。


「容疑は断固否認します。俺の身元は協会の会長に確認してください」

「な……!」


 紺色のおばさんがガタンと立ち上がった。


「あんたみたいな犯罪者を、会長が知ってるわけがないだろう!」


 おいおいちょっと過剰反応すぎやしないか。


 おばさんはふーっと息を吐いて座った。


「では特別審査官のシャルム・ローイックに」

「な……!」


 今度は深緑色のお姉さんが立ち上がった。

 バンッとテーブルに両手を叩きつける。


「あんたみたいな犯罪者を、あのシャルム特審官が知っているわけないでしょう!? 先のドラゴン討伐の最大の功労者の一人なのよ!? 冗談でも許せないわ!」


 おいおいちょっとどころじゃない過剰反応だな。


 お姉さんは、獲物を前にしたニルガのような狂暴な顔つきのまま座った。


 なんだか楽しくなってきたぞ。


「では…………女王陛下に」

「なんだと!?」

「なんだって!?」

「なんですって!?」


 今度は三人とも立ち上がった。


 尋問官がこんなに乗せやすくて、この国は大丈夫なのだろうかと少し不安になる。


「では、誰になら照会してくれるんです?」


 わめき散らす三人に、ボールを投げてみる。


「質問するのはこっちだ」


 小男によってぺいっと捨てられてしまった。


「じゃあ答えますから早く聞いてください」


 俺は腕を組……めはしなかったが、そんな気分で椅子の背に体重を預けた。

 

 向かいの三人も同じような体勢になり、男が口を開いた。


「名前は」

「ノト・ゴドール」


 さっきも言っただろ。


「職業は」

「魔術師」


 これもさっき言っただろ。


「協会の記録では無印のようだが?」

「そうですよ無印です」


 ふっとおばさんが鼻で笑った。

 小男が続ける。


「ならば職業とは言わんだろう。本当は何をしている」

「魔法陣師を」

「そりゃなんだ」

「魔法陣を描いて生計を立てています」


 はんっとおばさんが鼻で笑った。

 小男がさらに続ける。


「そんな妄言を我々が信じると思うのか?」

「信じるも信じないも事実ですから」

「これだから田舎者の無印は。魔法陣がそんな簡単に描けるわけないのは、魔術師なら常識だってのに」


 ついにおばさんが横から嘲笑しながら割り込んできた。


 いや、アルトここだって十分田舎だからな。


 小男がにやにや笑っておばさんの後を継いだ。


「荷物にあった魔法陣はテロに使うんだろう? それを隠そうと嘘をついているのが丸わかりだ。魔力の少ない黒髪が使うにはもってこいの道具だもんな。魔法陣などと高価なものをよくもまあ手に入れたものだ。その努力も無に帰したが」

「無に……ってまさか!」


 ふんっと小男が鼻を鳴らした。


「全部燃やしたさ! 効果のわからない魔法陣なんて危険でしかないからな!」


 は?


「白紙の、紙は?」

「燃やした」


 おい。


「インクは……?」

「ビンごと炎の中に放り込んだ」


 何言ってんの?


「素材は……!?」

「協会に高値で売れた。それはお前たちを勾留する費用にてられる」


 小男はなかば誇らしげに言い放った。

 おばさんはにやにやと、お姉さんは無表情でこちらを見ていた。


「……んな」

「ん? なんだ?」

「ふざっけんな!!」


 俺はテーブルを足で蹴り上げた。


「燃やしただと!? どれだけ金がかかってると思ってるんだ! この時期には手に入らない素材もあったんだぞ!? それに、それに、俺が死ぬ気で描いた魔法陣……! ………このクソどもがあぁぁぁぁっっ!!」


 向こう側に傾いたテーブルをさらに蹴り、悲鳴を上げた三人を押し潰す。


 騒ぎに気づいて入り口からのぞいた顔をドアごと蹴っ飛ばし、続いて入ってきた男も蹴り技で黙らせた。


 両手を縛った程度で俺を大人しくさせておけると思うなよ!


 こいつら全員に、思い知らせてやる……!




「先生、わたくし、何を言われても我慢したんですのよ」

「……悪い」

「どうしてこんなことになってしまったんですの?」

「……すまん」

「黒と金と赤じゃ、すぐに見つかってしまいますわ」

「……悪かった」


 俺たち三人は、ろくな荷物も持たずに、アルトから逃亡していた。

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