第三章 脱出

第91話 投獄

 足が痛そうなのに休みたいと言わないソフィと、ぴょんぴょん跳びはねながら楽しそうに道端の花を眺めたり虫を追いかけたり転んだりしているちびを連れて、なんとかアルトに戻って来た俺は、なぜか街門に併設されている取調室にいた。


 テーブルのこちら側は、真ん中に俺、右にソフィ、左にちび。

 ソフィはぶっすーと酷い顔でむくれているし、ちびは座っていることに飽きたのか、きょろきょろと天井を眺め回している。


 向こう側には、真ん中に背の小さな痩せている焦げ茶色の髪の神経質そうな男、右にいかにも堅物の魔術師ですといった紺色の髪の眼鏡のおばさん、左には深緑色の髪をきっちりと結ってペンを持った若い女。


「正直に話したまえ!」


 ダンッと小さなおじさんがテーブルを叩いた。


「何度も言っているように、俺たちはエルドラに向かう途中で強盗にって、仕方なく戻って来たんですって」

「嘘をつくな! とっとと白状しろ!」

「これ以上のことはありませんよ。いい加減何があったのか教えてくれませんか?」

「ふんっ! 犯人にこちらの手の内を明かすバカがいるか」

「まだ犯人ではありません。容疑者です」


 眼鏡のおばさんの突っ込みが入った。

 おじさんは、「む、そうか」と言い、同じ台詞を「容疑者」に変えて言い直した。


 言い直す意味ないだろと思ったが、左のお姉さんがペンをシャッシャッと走らせたので、会話を書き留めているのかもしれない。


「いい加減、本当のことを言ったらどうですか。こんな頭の軽そうな子どもと、頭のおかしな青年を連れて、何をしていたのか」


 おばさんの眼鏡がキラリと光った。


「失礼じゃありませんこと!?」

「黙りなさい、小娘!」

「こむ……!?」


 我慢できないとばかりに噛みついたソフィを、おばさんが一喝する。

 そのヒステリックな声に、ちびがびくっと震えたのが視界の端に見えた。


 はあ。と俺はため息をついた。


「ソフィ、お前は黙ってろ。ちび、このおばさんはお前に怒っているわけじゃないから落ち着け」

「おば……! 無礼だわ!」


 頭の軽そうな……はその通りだ。

 見た目や勢いだけ見ればそうとも言える。実際は軽くないがな。少々ずれているが頭はいい。


 頭のおかしな……もその通りだ。

 中身がドラゴンなのだから、人間の基準で考えればそうなる。

 おばさんは喋らずに無関心でいることに対して言っているのだろうが、実際ちびは全く関心を持っていないのだから仕方がない。俺が大人しくしていろと言ったからそこに座っているだけだ。


 だからといって、黙っているわけにはいかない。


「無礼なのはそちらですよね。まずは今の言葉を撤回して頂きたい」


 毅然きぜんとした態度で冷ややかにおばさんを見る。

 おそらくソフィも同じ目をしているだろう。

 さらにちびも――恐らく面白がって――同じような顔をしたと思われる。横から嫌な空気を感じた。


「て、撤回します……!」


 主にちびの方を見てから視線をそらし、おばさんは撤回した。

 おじさんもお姉さんもびくりと肩を震わせていた。


 巨大なスラグさえ退しりぞけた眼力だ。本気でにらんだわけでないにしろ、効いたに違いない。


 ……これ便利だな。俺の合図で使えるように訓練しとこう。


「俺たちは拘束されているわけではなく、善意で協力しようとここにいるんです。なのに何も説明せず、一方的に容疑者扱い。証拠はありませんよね。だって俺たちは何もしていないんですから。一体何を疑われているのかも知りませんが」


 きっぱりと言ってやった。

 半分嘘だが。


 これで解放されるだろうと思った矢先、おじさんがにやりと笑った。


「証拠など必要ない。お前たちには国家転覆をはかった容疑がかけられている。容疑が晴れるまで、無期限の勾留こうりゅうだ」


 隣でソフィがぎょっとしたのが気配でわかった。

 ちびは相変わらず早く終わらないかなーという態度を見せている。


 俺は思わず――


「はああぁぁぁぁぁあぁぁぁ!?」


 ――叫んだ。





 どうしてこうなった。


 俺は牢屋の中で、ため息をついた。

 が、それはさるぐつわにはばまれた。


 さるぐつわなど必要ないのに。

 なぜなら喉を潰されたのだから。


 魔術の使用を封じるためによく使われる方法だ。

 呪文を唱えられなければ魔術の行使はできない。

 尋問するときだけ魔術で修復し、終わればまた潰す。


 両手を拘束されていても魔法陣を描くことはできるが、俺だけでは起動ができない。


 俺たちは、三人バラバラに、隣りあわせの牢屋に入れられていた。

 さっきまで座っていたのと同じ順に。


 すなわち、右にソフィ、左にちびだ。

 だからといって、何があるということもない。

 強いて言えば、どちらにとっても俺がそばにいるということが、多少の慰めになる……かもしれないということくらいだ。


 ソフィは頭のいい子だから、軽はずみな行動には出ないと思う。


 それより心配なのはちびだ。

 いつまで人間の姿でいられるだろうか。


 喉を潰された時だって、よく我慢したものだ。

 あれだけつまらなそうにしていたし、こんなところにずっと放置されたら寝てしまうんじゃないか。

 そうじゃなくても、排泄や眠気をいつまでも我慢できるわけじゃない。


 ちびがドラゴンに戻ってしまったら……俺たちは終わるだろうな。

 声をかけてやることもできないし。


 んー。困った。

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