第86話 ソフィ恐るべし

「――で、だ。話を戻すが、馬車の陰に御者がいる。というか、いただろう、杖を取りに行ったときに?」

「いえ、気がつきませんでしたわ」

「……とにかくいるんだよ。幸いあそこからは地に描いた魔法陣なんざろくに見えていないだろうし、この会話も聞こえていない。だから――」


 ソフィが気づいていないなら、一緒に始末してもよかったが。


「――やっぱ陣を使うのはやめる」

「えっ!?」


 なんでどうしてとソフィが詰め寄ってくる。


「地面のコンディションが悪くて起動するか怪しい。第一、魔術が使えるなら魔法陣を使う必要はない」

「そんな……! 見せて下さいませ! 先生の魔法陣が起動したところ、ほとんど見せて頂いてないんですのよ!」


 ミリムでは描いてばかりだったからか。


「却下」

「お願いですから!」

「くどい! ……じゃ、陣消しといて。あとあっちの馬車の残骸と男たちの死体の始末も頼んだ」

「そんなことおっしゃらずに!」

「師匠の言うことは絶対!」 

「う……」


 ソフィは唇を噛んで悔しそうな顔をしたが、やがて観念してとぼとぼと歩き出した。


 強盗の死体のひとつに近づいてぼそぼそと呟き、杖を掲げて炎を呼び出す。

 死体は吹き上がった炎に焼かれて黒く縮み、さらに燃えて灰が舞い散った。


 俺はその間に、ちびとスラグの尻尾や牙を集めていた。


 ちびはずっとうずくまっていたが、うながすと何事もなかったかのように立ち上がり、すたすたとついてきた。

 もしかして、伏せろと叫んだのを守り続けていただけなのか?


 男たちの死体を片付けたソフィは、指示も出していないのに、今度は素材を取り終ったスラグの死体を燃やし始めた。

 瓦礫がれきと化した馬車を燃やすときも、先に目ぼしいものがないか漁っていた。

 なかなかよい動きだ。


「大丈夫ですか?」


 牙の入った袋の口を縛りながら傷だらけの馬車に近づき、陰から顔を出していた御者に、今更のように声をかけた。


「ひっ! た、助けて……! 命だけは……!」


 なぜか怯えられている。


「何もしませんよ」

「有り金は全部出すから、殺さないでくれっ」

「だから、何もしませんってば」


 そう言っているのに、御者は腰につけた革袋を地についた膝の前に起き、どうかどうかと言い続ける。


 弱ったな。


 左手で頭の後ろをかく。


「どうかしましたの?」

「ひぃぃっっっ!」


 すべての死体をきれいさっぱり燃やし尽くし、魔法陣の跡を風で吹き飛ばしたソフィが俺の背後から現れると、御者は頭を地につけて懇願しだした。


「相当怖がられてるぞ、お前」

「わたくしですか!?」

「他に誰がいるんだよ」


 普段からご加護を行き来し、流れ者も相手にしているはずの御者にここまでさせるとは、ソフィ恐るべし。


「俺たちは一度アルトに戻ろうと思っているんですが、今回の被害を協会で証言しますよ」

「いや、いい! 命さえ助けてもらえれば、十分だ」

「遠慮なさらなくてよろしいんですのよ。運が悪かっただけなんですから」


 あの魔術を「運が悪かった」の一言で片付けるのはどうなんだ。


「俺たちが証言すれば、損害の補填があるかもしれませんよ」

「そうです。馬車もジーグも滅茶苦茶ですもの。このままではあんまりですわ」


 まあ、お前がやったんだけどな。


「その気持ちだけで十分だ。この金を持って行ってくれ。頼む……!」


 頭を下げたままの御者が、ずずっと革袋を手で押し出してくる。


「もらう理由がありません。では俺たちは行きますね。今回の分、お約束通り支払いますので、あとで協会で申し出てください」


 それだけ言い、辛うじて原型を保っている馬車から荷物を引っ張り出して、その場から離れることにした。



「先生、いいんですの?」

「仕方ないだろう。証言しなくていいって言うんだから」

「それは、そうですけれど……」


 アルトの方角に向かって歩きながら、ソフィはしきりに背後を気にしていた。


「一応協会には報告しておこう。……そんなにきょろきょろしてると転ぶぞ」


 ソフィが諦めたように前を向いたその時、大人しく歩いていたちびが、急に勢いよく後ろを振り向いた。

 その首の動きに体がついてこなかったのか、足がもつれて転倒する。


「ちび? どうし――」


 尻餅をついたまま両手足で後ろに下がろうとするちびに手を差し伸べるが、突然ぞわぁぁっと首筋から頭にかけて嫌な感覚が立ち上った。


 咄嗟に剣を抜き放ち、ソフィとちびをかばう位置で構える。


「先生、どうかしましたか?」


 のんびりと問うてくるソフィには答えず、いつでも破砕器を抜けるように、左手を背中に回した。


「ソフィ、全力の障壁魔術を」

「なん――」

「ソフィ!」


 思わず怒鳴りつけると、慌てたようにソフィの呪文が始まった。


「ちび、危なくなったら戻って逃げろ」


 返事はないが、こくこくと頷いているのが気配でわかった。


「合図で展開しろ。来るぞ――」

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