第85話 お前、まさか……!

 描く作業を再開したすぐあとに、残り一体を危なげなく倒したソフィが女王陛下のご加護に戻ってきた。


「終わりました! これから森側に行って参ります!」

「もう剣はやめとけ。さっきと同じ目に合うだけだ」

「ですが、魔術は、もう……」

「杖を使えよ。持ってるんだろ。転がってる馬車から探してこい」

「そ、そうですわね! そういたします!」


 杖なしであの威力で、増幅装置があったらどうなってしまうのか不安ではあるが、本人も驚いていたということは、いつもはあんな滅茶苦茶ではないということなのだろう。

 呪文を聞き逃さないようにしていれば大丈夫……なはずだ。


 その予想通り、ソフィは極々ごくごく普通の魔術を使い、適度な威力でいい感じにスラグを倒していった。

 威力最大の文言も入っていなかった。


「終わりました!」


 少しほっとしたような顔で、ソフィが報告にきた。


「早かったな」

「ありがとうございます!」


 剣は別途きたえるとして、当面は魔術を使わせよう。もちろん杖は必須だ。


「こっちもできたぞ」


 溝がある場所に剣で引っかいた程度の線を引いただけできちんと起動するかは怪しいが、暴走しないことは確認したからまあいいだろう。

 ソフィがまともに魔術を使えるなら、わざわざ描かなくてもソフィにやらせればよかったんだけどな。


「これはなんの陣ですの?」


 ソフィが見回しているが、でかすぎて全容の把握ができていないようだ。


「火を起こすだけの陣だ。特別でかくて強力な火をな」

「証拠隠滅……ということですか」

「察しがいいな」


 人間の死体もスラグの死体も壊れた馬車もきれいさっぱり燃やし尽くしてしまおうと言うわけだ。


 ソフィは、その魔法を見たいという気持ちと、証拠を消してなかったことにしてよいものかという気持ちの間で揺れているようだが、どうせこいつのことだから、魔法陣が起動するのを見る方に傾くだろう。


「だがひとつだけ問題があってな」

「問題?」

「あそこに、目撃者がいる」


 俺は、背後の倒れた馬車を親指で指した。


「おっさ――御者さんですの? 見られて何か困ることが?」

「俺が大規模な魔法陣を描くことはあまり知られたくないんだ」

「え!?」


 ソフィはしまったという顔をして口を手でふさいだ。


「な、なぜ隠そうとして、いらっしゃるのでしょうか……? 隠すことなんて、な、何もないと思いますわ」


 ソフィの目が泳いでいる。


「なんだその反応は? お前、まさか……!」


 詰め寄ると、ソフィは目を伏せて白状した。


「ドラゴンを討伐したのは、先生の魔法陣の力があったからこそだと……」

「どこで!?」

「学園で……」

「お前……」

「申し訳ございません……隠しているなんて、存じ上げなかったものですから……」


 良家のなかでも有力な家柄のご子息ご令嬢が集まる学園。

 そこでの噂は国の有力者に筒抜けである。


 なんてことをしてくれたんだ。

 小さな町の森の中でひっそりと目立たなく生きてきた俺の努力が水の泡じゃないか。

 

「……どこまでだ?」

「え?」

「俺のことを、どこまで話した?」

「ええと……」


 胸の前で左右の指を合わせて視線をさ迷わせながら言いよどむソフィ。


「お名前と――あ、家名ではなく、ノト様とだけ。あとは、魔法陣を扱う特級魔術師で、女王陛下の勅命を受けた特審官を助けてドラゴンを討伐したと。それはそれは美しい魔法陣を描く方で、わたくしは僭越せんえつながらそのお手伝いをしたとも」


 真実と嘘が見事に混ざっている。

 特定されそうな情報は名前くらいか。


「容姿は? 髪の色や性別、年齢は?」

「ええと……男性だとしか。明確には口にしませんでしたが、わたくしよりは年上だと伝わっていると思いますわ」

「はああぁぁぁぁ……」


 俺は盛大なため息をついた。


「あの、も、申し訳ありません。なんだったら、わたくし、訂正をして参ります。すべて、わたくしの虚言であったと」

「いい。それは逆効果だ」


 ソフィより年上の男の魔術師など掃いて捨てるほどいるだろうから、やはり名前がキモか。

 あまり聞かない名前だが、名字も知られていないことだし、ノト・ゴドールの名前にたどり着いたところで、無印の魔術師だ。特級だと思っているなら別人だと勘違いするだろう。


 だがそれも、ミリムにいた連中が噂の補強をしなければ、だ。


 特審官と行動を共にしたのは黒髪の女剣士と黒髪の男剣士。

 そのどちらかが魔術師だなんて思うことはまずないだろう。

 パースを初めとした協会の連中が漏らすなんてこともないだろう。


 が、噂というのは恐ろしい。

 どちらかが魔法陣を使っていたかもしれないなんて曖昧な発言があったら最後、事実として流布るふしてしまう。


 ドラゴンが魔法陣と関係していることはお偉いさん方には伝わっているはずだ。


 その辺の諸々もろもろを寄せ集めて魔法陣師ノト・ゴドールにたどり着くことがないとも言えない。


 魔法陣研究班にいたのだから、扱えるのは当然だ。

 あそこのメンバーなら誰だって多少の魔法陣は描ける。


 少しかじった程度で大したことはできません。と、しらばっくれればなんとかなるだろうか。


 いや、ここは保険をかけておくべきだ。


「……ソフィ、これからみっちりと技術を叩き込むから、覚悟しておけよ」

「それは、願ってもないことですが……」


 ソフィは、それでは罰になっていないと思ったことだろう。


 甘いな。弟子とは仕事を肩代わりさせるために育てるのだ。

 いざとなったら、ソフィを盾にして逃げよう。

 面倒事に巻き込まれるなんざ真っ平御免だ。

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