第84話 しばらく保留

 ソフィの剣術は見事だった。


 若さ溢れる太ももをさらしてスラグに駆け寄る。

 水色のスカートは下着が見えそうで見えない絶妙な長さだ。細かく入ったプリーツが揺れる動きを軽やかにしていて、白いニーソックスとの間の絶対領域の大きさが常に変わり続けている。


 ノースリーブのブラウスからは白く長い腕が伸び、細身の剣を自由自在に操っていた。

 動くたびにツインテールの金色の巻き髪が揺れて陽光を反射し、汗ばんだ額に前髪が張りついている。


 斬撃にスラグの肉を断ち切るほどの威力はない。

 だから、もっぱら刺突を使っている。


 相手の攻撃をいなし、体勢を崩したところを一突きする。

 決定打にはなりにくいが、大きな振りがない分、相手の攻撃も受けにくい。


 ただ……お行儀が良すぎるんだよなあ。


 一対一なら悪くない腕だ。相手から目を離さず、つかず離れずの距離を保って攻め続ける。

 体格のまさる強盗を一人で叩きのめしただけのことはある。


 しかし、こと相手が多数になると……。


「ああっ!」


 ソフィの右斜め後ろ、死角から近づいていたスラグが、軸にしたソフィの左足のふくらはぎに食らいついた。


 反射的に足を引くが、スラグががっつり牙を食い込ませていて、それは叶わない。


 俺なら右足のかかとで蹴り上げるか、踏みつけるか、肉が千切れるのも構わず振り払うかするだろうが、ソフィにはできそうもない。


 俺は筆記具代わりにしていた強盗の剣を捨て、腰の剣を抜いた。


 左足を動かせない今、右足を引いて右を向くのは簡単だが、右足を踏み出して左を向くのは難しい。

 それを見てとって、前方のスラグが左に大きく回ってから飛びかかってきた。


 案の定、無理な体勢で防ごうとしたソフィは、こらえきれずに勢いに負けて倒れてしまう。


「きゃぁぁっっ!!」


 二体と、近くで様子を見ていた一体が、一斉にソフィに群がった。


 ソフィは両腕を首の前で交差して噛みつかれないようにしながら、全身をばたつかせている。

 スラグたちも慣れたもので、蹴られないように頭の方から噛みつき始めた。広がった髪が三ついの前脚で踏みにじられる。


 俺はそのすぐ横に大きく足を踏み出した。


 夢中になっているスラグの一体が、走り寄っていた俺に気づいて顔をあげたときにはもう遅い。


 手前の二体をまとめて払うように剣で切り裂き、残った一体のあごを真上に蹴り上げた。

 血を撒き散らして舞い上がったスラグが地に叩きつけられた直後、砕けた顎を剣で粉砕した。


 剣を振って血を落とし、さやに納める。


「ソフィ、生きてるか?」

「う……うぅ……」


 倒れたままうめき声を上げているソフィは、腕や顔が血まみれにはなっているものの、命に別状はなさそうだ。


 首や腹をやられていたならば魔法陣を使わせるところだが、これならば必要はない。

 足からの出血も大したことはなく、出血多量で倒れるのもまだまだ先だ。


「ほら立て。まだ一体残っている。倒れたままでいると死ぬぞ」


 ソフィは上体を起こし、無言で両腕や左足の傷を確認した。


 そして座ったまま、両手を目に当ててうつむいた。

 手の横から、涙で薄められた血が流れていた。


 スラグは離れたところからこちらの様子をうかがっている。

 

 死ぬほどではない傷とはいえ、お嬢様のソフィがここまでの怪我を負うのは恐らく生まれて初めてだ。


 きれいな顔には引っ掻き傷がつき、柔らかい白い腕にも深い傷がついている。

 絶対に譲れないと主張した白いニーソックスも、ふくらはぎが大きく破れて血がにじんでいる。


 傷は治せるとはいえ、痛みや襲われる恐怖は慣れるしかない。


 一度助けたあとだ。死にそうになれば俺が助けると思っているだろう。

 俺も弟子を目の前でみすみす死なせるつもりはない。


 そう思っても、怖いものは怖いし痛いものは痛い。

 俺の助けが間に合わないかもしれない。


 それでもなおここで立ち上がり、向かっていけるか。


 無理なら、魔法陣を描く上辺だけの技術を教えて、適当なところで放り出す。

 向かっていけるなら、評価はしばらく保留だ。


 ソフィが突然顔を上げてこちらをにらみ付けた。

 そのまま両手を左ふくらはぎに添え、何事かを呟くと、そこから緑色の光が溢れてきた。


「死ぬなんて、冗談じゃありませんわ!」


 睨んだままソフィが言う。


 おいおい。魔術は無しだって言っただろう。


「わたくしはまだ先生から何も教わっていないのです!」


 回復魔術で足の傷を止血したソフィは立ち上がって剣を拾い、そう言い捨ててスラグに向かって行った。

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