第83話 お前こそ何言ってんの?

 なぜ魔術の使えない俺が魔術を教えないとならないのかもはや意味不明だが、術式を理解できなければ魔法陣もろくに扱えない。

 魔力がないのに術式を叩き込まれたときはなんでこんなものと思っていたが、教える側に回れば至極しごく当然のことだと思えてくる。


 それは後々あとあと考えるとして……。


「まずはここをどうにかしないとな」


 立ち上がり、周りを眺め回す。


 同様に視線を走らせたソフィののどがヒッと鳴った。


「わた……わたくし……なんて、ことを……」


 両手で口を押さえるソフィ。


「それはもういいから。やってしまったものは仕方ない。これからどうするかを考えろ」

「どうすると……言われましても……」


 ソフィは胸に片手を当てて、横に立つ俺の顔を見上げた。

 ああうん。助かるよ。谷間がチラついて困ってた。


「俺たちの目的は?」

「か、狩り?」


 おい。


「……王都に行くことだ。馬車は使えない。ならどうする?」

「エルドラまで歩きます」

「もしくは、アルトに戻る。ここならアルトの方が近いだろう。あとな……」


 俺は馬車をあごで示した。


「おっさん、向こうで無事なんだわ」

「おっさん……?」

「御者だよ御者。お前、忘れてただろう」

「あ……」


 あ。じゃねぇよ。


「このままここで別れるわけにもいかないから、送ってやろう。協会で説明すれば損害の補填ほてんも受けられるかもしれないしな」


 ソフィが口をきゅっと結んだ。


「わたくし、街に戻ったら、憲兵にきちんとお話しします」

「憲兵に? 何を?」

「わたくしがやったことを、ですわ。馬車を壊し、四人の命をあやめてしまったことを」


 俺は片手で目を覆った。


 わざわざ話してどうするんだ。


 攻撃されたので返り討ちにしましたでもいいし、スラグに襲われて魔術を使ったら運悪く巻き込んでしまいましたでも十分通用する。

 なんなら、すでにスラグに殺されていましたと言うことだってできる。


 そもそも、どう考えてもあっちが悪いのだから、憲兵だってバカ正直に説明されたところで、だから何だと言うに決まっている。

 故意で殺したわけでもない。


 身動きがとれない状態で獣のエサにするのはよくて、魔術で直接殺すのは悪いという考えも理解できない。

 まあ、こうなってくると、ノリでやっていただけで、本気でエサにするつもりだったのかも怪しいけどな。


 面倒くさいやつだ。


 俺は死体に向かって歩き始めた。

 剣をすらりと抜く。


 一番近い男の前で、ソフィを振り返った。


「ソフィ、こいつ、まだ生きてるわ」

「え……」


 言うや否や、その体に剣を突き立てる。


 はっとソフィが息を飲んだ。


 次は、ご加護の外に引きずり出された男だ。

 喉元を食いちぎられていて、明らかに絶命している。ソフィの魔術の前にすでに死んでいただろう。


「あー、こいつもまだ生きてる」


 辛うじて胴体と繋がっていた頭を一突きで切り離す。


 残り二つの死体も同様にしてトドメを刺した。


「あいつらを殺したのは俺だ。憲兵に突き出すなりなんなり好きにしろ」

「せん、せい……」

「俺は大人しく捕まるつもりはない」


 最初に刺した男から少し離れた位置に転がっている剣を拾った。


「ソフィ、陣を描くから、その間に外のやつらを片付けておけ」


 街道の外、ソフィの魔術を逃れたスラグが数体、こちらを遠巻きに見ていた。


「森側のは逃げられてもいいが、反対側のは逃がすなよ。本来越えるはずのないご加護を越えたんだからな。あっち側にはスラグはいないはずだ」

「そ、そうです。なんで獣が女王陛下のご加護に……?」

「そりゃあ、壁があるわけじゃないんだから、あの勢いで突っ込んできたら入り込んでしまうのも無理はない」


 俺はがりがりと剣で地面を引っかき始めた。


「でもご加護である街道には獣はいられませんわよね?」

「んー? 街道にはいられるだろー?」


 でかい陣を書くときには当たりをつけるのが難しい。

 中心から描き始め、常にスタート地点を意識して描かないと崩れてしまう。


「何をおっしゃっていますの? ご加護で守られている街道には絶対に獣は立ち入ることができないのは、子どもでも知っている常識ですわ!」


 俺は手を止めてソフィを見やった。


「お前こそ何言ってんの? なら馬車を引くジーグはどうなるんだよ」

「え?」

「町や村で放牧してるピュルはどうなんだ? 街道を歩かせて運ぶんだぞ」

「そ、それは……。あら? どうしてなのかしら?」


 ソフィはほほに手を当てて考えるような仕草をした。


「それ宿題な。ほら、さっさと倒して来い」


 しっしっと追い払うようにソフィをうながすと、釈然としない顔をしつつも、ソフィは立ち上がり、剣を拾った。


「魔術は無しだぞ!」

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