第81話 あんの馬鹿っ!

「先生っ」


 ソフィも気づいたのか、腰の剣をすらりと抜き放った。

 俺も剣のつかに手をかけた。


 がさっとしげみが揺れる。


 しかし、飛び出してきたのは、半裸のちびだった。

 ズボンは履いているが、シャツは片腕が通っているだけだ。


「ちびさん!?」


 ソフィがほっと息を吐いて剣を納めかけた。


「まだだっ!」


 ちびの足取りは危うい。

 つまずき、転がるようにして走ってくる。


 この嫌な気配は、そのずっと後ろから来ている。


 がさがさがさがさと草の音と、ダッダッダッダッと地を蹴る音が聞こえたかと思うと、大量の草色の狼――スラグが出てきた。


「伏せろっ!!」

「きゃあぁっ!」


 ちびが女王陛下のご加護に倒れ込んだのと同時に、ソフィを後ろに引き倒し、その上に覆いかぶさる。


 ご加護の目の前で、先頭のスラグが急ブレーキをかけるが勢いは止まらず、さらに後ろからきたスラグがぶち当たって、数十体のスラグのほとんどが突っ込んできた。


「ぐっ」


 一部は倒れた馬車にぶち当たり、一部は俺たちにつまずいて転がっていった。


 収まったのを感じてすかさず跳ね起きる。


「いたた……」

「ソフィ、動くな!」


 後頭部を押さえて起き上がろうとするのを制すと、ソフィはぴたりと動きを止めた。


 ――いい子だ。


 正面、ソフィの体を越えて飛びかかってきたスラグを横に振った剣で一閃いっせん、ご加護の外まで吹っ飛ばした。

 ぱしゃっとソフィの顔に返り血が飛んだ。


「立て! ちびを守れ!」


 剣を拾って立ち上がったのを横目に見て、俺は右手にいるスラグに斬りかかった。


「な、なんですの!? なんでご加護に獣が!?」


 慌てながらも頭を抱えて丸くうずくまっているちびの横に立ち、剣を構えて周りに警戒の視線を走らせている姿は様になっているが、剣先が震えている。


「くっちゃべってないで呪文!」

「で、でも杖が……!」

「しないよりましだ!」


 ご加護の森側にいるのが数体、反対側に飛び出したのが数体、残りはご加護の上にいた。


「た、助けてくれぇぇっ!!」


 端にいた男がご加護の外に引きずり出された。

 途端に寄ってきたスラグに群がられ、悲鳴が上がった。


 にしても……。


「――赤色の風っ! 空色の草っ! 虹色のぉっ――」


 ……その大声は何とかならんのか。


 唱えている魔術は高度だが……いや、高度だからこそなのか、声を張り上げるようにして唱えている。

 囲んでいるスラグも手が出せないように見える。


 まあいい。

 そのまま気迫でなんとかしてくれ。


「ひぃぃっっ!」


 俺は声を上げた御者のおっさんを襲おうとしているスラグに狙いを定めて走り寄った。


「ふっ」


 息を短く吐いて剣を振る。

 しかしスラグは後ろに跳び、剣先はその鼻をかすめるにとどまった。


 体勢を立て直して飛びかかってきたスラグの爪が眼前に迫る。

 しかしその腹には、スラグの勢いを利用して突き立てた剣が。


 あーあ。毛皮が台無しだ。


 剣ごと降ろして引き抜き、奥にいる二頭に迫る。


 飛びかかってきた右の一頭を体を左に向けてけ、すれ違いざまに柄頭つかがしらで横っ腹を強打する。

 引いた剣を左から跳躍してきた一頭の顔に突き立てる。


 踏み出した右足を軸に左足を右斜め後ろに振り上げ、背後から駆けてきたスラグの頭に回し蹴り。


 反動で足を戻し、今度はその足を軸に右に半回転して、スラグの顔に刺さっていた剣を引き抜き、迫ってきたスラグを下から振り上げた剣で吹っ飛ばす。

 背中から落ちたスラグを追撃、逆手さかてに持ち替えた剣で喉元を一突き。


 そのまま前に走り、左足を軸に半回転。逆手に持ったままの剣で背後から迫っていた二頭を横ぎにする。


 ああ!

 面倒くさい!


 ちまちまちまちま来やがって!

 まとめてかかって来いや!


 バラバラの位置でこちらをにらみ、牙をむき出しにして威嚇いかくのうなり声を上げているスラグたちに悪態をく。


 ソフィは……まだ大丈夫そうだな。


 魔術師は呪文を唱えているときが一番無防備なのだから、今が絶好の機会。

 しかしスラグにはそこまでの知恵がないのか、それとも大声を出していることを警戒しているのか、周りをうろうろしているだけだ。


 つうか、いつまで唱えて――。


「……あんの馬鹿っ!」


 ソフィはあごをぐっと上げ、最後の言葉を発するために鼻で大きく息を吸うところだった。


 俺はその直前の言葉を聞き取り、御者の方に駆けた。

 男を横脇に抱え、倒れた馬車の陰に飛び込み耳をふさぐ。


「――!」


 ソフィがことわりの言葉を叫んだ。


 その瞬間、あたりの空気がひゅっとソフィの方へと引き込まれ、一瞬後には凄まじいほどの暴風が襲ってきた。

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