第80話 赤い血を滴らせ

 ぺっと吐き出したのはフタクキバナ。

 ドラゴンには無害だが、人間にとってはしびれを起こす毒だ。


 人間の時に摂取したものもドラゴンのときに排泄されているところを見ると、内臓の中身はそのまま引き継がれている。


 人間にとって毒となるものをドラゴンのときに食べて、そのまま人間の姿になったらどうなるのか。

 ドラゴンとしての特性を維持して無害なままか。

 人間としての特性が現れて毒となるのか。


 大変興味深い研究テーマだが、今試すわけにもいかない。


「それは人間俺たちにとっては毒なんだ。食べるのはやめておこうな」


 ちびは「きゅっ」と鳴いて食べるのを諦めたが、残念そうにフタクキバナを前脚で揺らしている。

 

 好物だったのか。


「あっちのルシャットなら食べていいぞ。好きだろ?」


 ちびはぱっと顔を上げて指さした方を見ると、ててててと走って黄色い花をむしゃむしゃと食べ始めた。


 と、そこへ、がさりと音を立ててしげみからショトが飛び出してきた。

 体の半分以下の大きさのネズミに横から体当たりを食らい、ちびは地面に転がった。


 すかさず立ち上がり、ショトをにらみつけるちび。

 突如、生死を懸けた仁義なき戦いの火蓋ひぶたが切って落とされた。


 ショト相手ならなんとかなるだろうと、俺は木の幹に寄りかかって傍観する。


 魔物は獣を一方的にえさとしているイメージがあったが、こうしてみると、対等な関係であることがわかる。

 人間と獣が食うか食われるかの関係であるのと同じだ。


「ちび、魔術を使っていいんだぞ」


 そういや言ってなかったなと声をかけると、ちびはこちらを一瞥いちべつした。


「きゅー!」


 鳴き声に呼応して、ショトの横にこぶし大の炎が出現した。


 ショトが驚いて横に飛び退く。


 そこに狙いを定めていたちびが飛びかかり、押し倒してしばらくじたばたと暴れたあと、ショトが大人しくなった。


「やったな」

「きゅいー」


 褒めると、口の端から赤い血をしたたらせたちびが振り向き、嬉しそうに鳴いた。


 そこに――


「キャァァァァァッッ!」


 ――ソフィの悲鳴が響き渡った。


「なんだ!?」


 突然の声にぎょっとしてしまったが、すぐに持ち直す。


「お前はそこにいろ!」


 ちびに言い捨て、ちびの服もその場に捨てて、元来た方へ駆け戻った。


 すぐに、木々の間から、俺たちが乗ってきた馬車が横倒しになっているのが見えた。

 少し離れたところに別の馬車があり、倒れ伏している人影も見える。


 強盗か!?


 なんでこん、な、と、こ、ろ、で……?


 全速力で駆けてきた足が、急速に速度を落としていく。


 目の前で、馬車の陰から剣を構えたまま後ろ向きに飛び出した男を、追撃したソフィが切り伏せたからだった。


「先生!」


 ソフィがこちらに気づいて手を振った。


「大丈夫……みたいだな?」

「はい!」


 近寄ってみれば、四人の男がその場に倒れていた。

 御者は馬車の横で頭を抱えて震えている。


「これ、全部ソフィが?」

「はい!」

「その剣で?」

「はい!」

「魔術は?」

「急だったものですから、詠唱に時間をかけられませんでしたの」

「さっきの悲鳴は驚いただけか」

「ええ……あんなに大きな声を出してしまうなんて……」


 ソフィは片手をほほにそえて顔を赤らめ、恥じらうような素振りを見せた。


 今朝のお前の格好の方がよっぽど恥じるべきなんだがな?


「四人も相手取ってよくやったな」

「油断して一人ずつ向かってきたのですわ!」


 ふうんと、仰向けになり肩口を押さえている男や、いつくばっている男を見やる。

 装備からして、それほど弱いとは思えない。

 腕に覚えがあるというのは過剰な自信ではないようだ。


「それで、この方たち、どうしたらよいでしょうか?」

「そうだなあ……。全員息はあるようだが、このまま放っておくと死ぬだろうな。憲兵に引き渡すにしても、街道では目撃者がいなくて厄介だ。ふん縛って森に放り込むのが一番楽だ」

「先生がそうおっしゃるなら、そうしますわ」


 マジか。

 てっきり反対されるものだと思っていたが。


「縛るものなんてありましたかしら」


 ノリノリで男たちの馬車を漁ってロープを見つけると、弱々しい制止の声も聞かず手際よく縛り上げていく。


 一体どこで覚えたのか。大したもんだ。


 感心して見ていると、ぞくりと首筋が粟立あわだった。


 ばっと森の方を振り返るが、何も見えない。


 だが、とても嫌な感じがする。


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