第76話 決断

 四苦八苦しながら俺の服を着せてみれば、あつらえたようにぴったりだった。

 ちびだと思っていたのに、全然ちびじゃなくなってしまった。


「お前、人間なのか? ドラゴンなのか? どっちなんだ?」


 床にぺたりと座っているちびに聞いてみる。


「あー?」


 かわいらしい声を上げて、かわいらしく首を傾けるちび。


「……ちび、声は出さないようにしようか」


 小さなドラゴンならいいのだが、自分と同じ大きさの男がその仕草をすると、むずむずして体中をかきむしりたくなる。


 ちびはきょとんとした顔で再び首を傾げた。


 うん。無言ならまだなんとかなるな。


「俺の言ってることはわかるのか?」


 こくりとうなずく。


「人間とドラゴン、どっちなんだ?」


 眉を寄せて首を傾げる。


「もうその姿のままなのか?」


 ふるふると首を横に振る。

 さらりとした髪が揺れた。


 接していた人間は俺だけのはずなんだが……なんでこんなに人間らしい仕草ができるんだ?

 まさか俺、普段こんなに大げさに動いているんじゃないだろうな……?


「ど、ドラゴンには戻れるのか?」


 こくりと頷く。

 

「また急に戻るのか?」


 ふるふると首を振る。


「じゃあどうやって戻るんだ?」


 ちびが目をぎゅっとつぶった。

 体術の構えのように体の前で両の拳を握りしめ、顔が真っ赤になりそうなほど力を入れた。


 突然ちびの気配が遠ざかったと思うと、ちびの顔の目の前にできた見えない穴に吸い込まれるように、ちびの姿が渦巻いた。


「うわっ」


 これは目の前で見るのはきつい。


 吐き気が込み上げてきて思わず顔を背けると、「きゅー」と泣き声が聞こえた。


 見直せば、いつものドラゴンの姿のちびがいた。

 心なしか顔を上向きにして、誇らしげにしている。


「すげぇ」


 俺は素直に感嘆の声を上げた。


「きゅっきゅっきゅー」


 ぺちぺちと尻尾が床を鳴らす。


「人間にもなれるのか?」

「きゅーっ!」


 任せろとばかりに一鳴きすると、毎度おなじみ丸くなるポーズをとった。

 が、尻尾はそのままになっている。


 丸まった身体からだがぷるぷる震え出すと同時に、尻尾がぴんと伸びた。


 俺はその時点で顔をそむけた。


 妙な気配が無くなり、正面を見れば、そこにはうずくまったちびがいた。


「すげぇ」

「あ――」


 思わず声が出てしまったのか、ちびはしまったという顔をして、両手で口をふさいだ。


「けど、服が脱げてしまうのは問題だな」


 せっかく着せてやった服は、ちびの体の下に敷かれていた。



 

「よし。決めた。ちび、王都まで一緒に行くぞ」


 服を着せ直し、俺はちびに宣言した。


「?」

「女王陛下……って言ってわかるか? 一番偉い人……偉いって言葉もお前の前で初めて使った気がするんだが……とにかく、王都ってところに呼ばれたんだ」

「し、しょー」


 んんん?

 今「師匠」って言ったのか?


「いや、師匠じゃなくて、女王陛下なんだけどな」

「しっしょー!」

「ああうん。いいよ師匠で。俺からすりゃあ同じようなもんだ。うん」


 最初にまともに発音した言葉がなんでなんだよ!?


「と、とにかく、俺と王都に行くんだ。ちゃんとその姿で大人しくしていられるならな」


 ちびは、真っ赤な髪をなびかせて、ぶんぶんと嬉しそうに頭を縦に振った。


 本当にわかっているのか?


 ちびをここに置いて行くわけにはいかない。

 かといって、小さいとはいえドラゴンを連れまわすわけにもいかない。滅多に人前に出ないとはいえ、国内に存在する唯一の魔物なのだ。本の挿絵や様々なモチーフになっており、ドラゴンの姿は知られすぎている。


 ソフィを説得して、ドラゴンの面倒を見させるつもりだった。

 最悪、ちびを殺すしかないとも思っていた。


 しかし、人間の姿でいられるのなら。

 歩けなくてもいい。話せなくてもいい。

 馬車の上でじっとしていさえくれれば。


「ちび、三日だ。三日やる。一日中人間その姿でいられるようになれ」


 ちびは拳を天につき上げた。


 ……これ、絶対、教えてないと思うんだけどな。




 決めてしまえばあとは早い。


 俺は町にとって返し、協会のそばの宿屋を回った。


 案の定、ソフィはすぐに見つかった。この町にはそぐわない金髪をしていて、一目でいい所の娘だとわかるような格好をしているのだから、目立って当然だ。


 一番いい宿にいなかったのは褒めてやろう。


「ど、どうしたんですの? お約束の時間はまだですわよね?」

「急だが、四日後の朝、王都に向けて出発することにした。お前はどうする?」

「王都に!? も、もちろんお供しますわ!」


 学園をやめたその足でここに来たのなら、王都からやってきたのだろう。まさかすぐに戻るとは思っていなかっただろうな。

 しかしソフィはついてくると思った。


「俺は準備で忙しい。だからうちには来るな」

「そんな! わたくしだってお手伝いを……!」

「ああ、お前には買い出しをしてもらう」

「お買い物ですか?」

「そうだ。このリストに書いてある物を、この金額以内で用意するんだ。いつまでもお嬢様気分でいられたら困るからな。期限は今日から数えて四日目の朝。様子を見にくる」

「こんなに……?」

「困ったら協会を頼れよ。じゃ、三日後に」


 戸惑うソフィにリストと金を押し付けて、俺はソフィの前から去った。

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