第73話 手紙

 絶望したかに見えたソフィは、「それでも先生が素晴らしい魔法陣を描くことには変わりはありませんわ!」と瞬時に復活し、「わたくしが稼いで楽にして差し上げます」だの「先生を一生養いますわ」だの、あれ俺プロポーズ受けてるんじゃねぇのと錯覚するような言葉の数々を投げつけたあと、町に戻っていった。


 なんなんだあのエネルギーの塊は。

 ミリムじゃもっと令嬢らしかったと思うんだが。


 どっと疲れが出たが、日の高さを確認してみればもう昼過ぎで。

 夕方には飯をおごりに行かなければならないのだから、残された時間は多くない。一休みなどしている暇はなかった。


 憂うつな気分になりながらも、被害の状況を確認するために、魔法陣の束に手を伸ばす。


 依頼分に絞って確認してみて、被害の大きさに愕然がくぜんとした。


 ここ三日、ちびの看護をしながら描き上げた魔法陣がほぼ壊滅状態だった。


 普段は一つの依頼分の陣を描き終えたら油紙に包んで封をするのだが、三日間の成果である完成済みの依頼二つ分と仕掛中の一つは、横着してそのまま机脇に積んでいた。


 それらが、ほとんど全部、描き直しだ。


 外出もせずにスケジュールを前倒しで作業していたとはいえ、納期までの時間を考えると、非常にまずいことになっていた。


 端的に表現すると、間に合わない。

 どう考えても間に合わない。


 たとえ不眠不休で描き続けたとしても、間に合わない。


 たった今追い払った、できたばかりの弟子の存在が浮かんだが、見本もなく一から複雑な陣を描く実力があるわけもなく。前と同じでインクの調合くらいにしか使えないだろう。

 だが残念なことに、不足分のインクを調合させたとしても、期限に間に合わないことには変わりはなかった。


 詰んだな。


 そうとわかればさっさと行動するに限る。


 すなわち――。


 依頼の総元締めの師匠に、謝罪と交渉の手紙を送るのである。



 身支度を整えて、丁寧に丁寧に謝罪を重ねた手紙と完成した陣を鞄に突っ込み、窓から森に向かって叫ぶ。


「ちびー! ちょっと町に行ってくる! 帰り遅くなるから先に寝てろ!」


 遠くから「きゅぅうぃ~」とご機嫌そうな返事が返ってきた。


 留守にするから戸締まりはするが、ちびが出入りするために窓の鍵は開いている。しかも外出連絡を大声で叫ぶという無防備っぷり。


 貴重品はほとんど協会に預けて最低限にしているから、仮に盗まれても致命傷にはならない。


 人には言えないようなアレやコレは協会にも預けらないので、床下に穴を掘って埋めてある。取り出すのは面倒だが、こればかりは妥協できない。


 泥棒とドラゴンが鉢合わせしたらなんて考えたこともあるけれど、驚いたちびが全力で逃走するんだろう。

 取り残された泥棒が吹聴したとしてもだれも信じまい。


 かくして俺は泥棒に対する最大限の備えをし、リスクを最小限にとどめている。

 ちび用の小屋でも用意すればいいかもしれないが、ベッドの横で幸せそうに寝ているのを見るのは悪くないものだ。


 そんなことを考えながら推進を使って森の中の細い道を爆走していたら、いつの間にか町に着いていた。




「ノト!」


 協会に着くと、サーシャが走りよってきた。


「今家に行こうと思ってたの。これ、速達」


 すれ違わなくてよかったぁと胸に手を当てて笑う。


「速達? どこから?」

「王都みたい」

「急ぎの仕事だろうな」


 遅延の報告をしに来たのに、新たに仕事を積まれたらたまったもんじゃないぞ。


 受け取った封筒には差出人の名前がなかった。

 今日二通目だ。手紙を無記名で出すのが流行ってるのか?


 妙に高級感のある封筒の端を開くと、中にはさらに封筒が入っていた。


 取り出して最初に目を引いたのは、真っ黒な封蝋ふうろうと刻印された印璽いんじ。それはそこかしこで見かける王家の紋章と同じもので、特殊なきらめきを放っていた。


「わっ。なにそれ。王城から個人宛に来たの?」


 サーシャが早く開けてとせがんでくる。


 封筒を開けば、しっかりとした厚みを持ちながらもしっとりとしたさわり心地の超高級紙が二つ折りになって入っていた。


 なんだか嫌な予感がする。

 この紙、前にも触ったことがあるような。


 見られてはいけないような気がして、サーシャから隠して中を読んだ。


 書いてあったのは、日付と、場所と、差出人の名前だけだった。


 日付は十五日後。

 場所は王都。


 差出人は――アリステル・ターナリック女王陛下。


 これはいわゆる勅命というやつだ。

 簡素過ぎて勅令とは言えないかもしれないが、勅命であることは間違いない。


「ねえ、なんて書いてあったの?」

「あ、ああ、なんか、お偉いさんからの呼び出し。王都に来いって」

「なあに、また悪いことしたの?」

「またって、人聞きの悪いことを言うなよ。いつ俺が悪いことをしたって?」

「森に不審者が住み着いたって通報されてたじゃない」


 くすくすとサーシャが笑った。


 十五日後に、王都。

 陛下自ら筆をとっての正式な召喚。


 いったい何が待ってるっていうんだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます