第71話 全裸

「ところで先生、その様子ですと、今起床なされたのですよね? 寝癖がついていますし、夜着のままですわ」

「ん? あ、ああ……」


 後頭部に手をやると、ぺたんこになっていた。横の髪は好き放題に跳ねている。


 人前で、しかも女性の前でこんなにだらしない格好でいることに、羞恥心が芽生えてきた。


「わたくしまだお料理はできませんが、お茶くらいなら入れられますわ。もちろん、お料理だってお掃除だって、これから身につけてみせます」

「いや、別にできなくても俺は構わないんだが……」

「いいえ! 弟子たるもの、先生の身の回りのお世話をするのは当然です」


 どこの世界の当然だ。


「ですから先生、そろそろ入れていただけませんか?」

「それはできない」

「なぜですの?」

「なんでもだ」

「見られて困る物でも?」

「まあな。ひとり暮らしの男の家だ。……わかるだろ?」

「ま、まあ……そうでしたの。そうですわよね。先生だって、殿方ですもの。それは失礼いたしました」


 ソフィは頬を赤らめた。

 なんだか誤解されているようだが、それで引き下がってくれるのであればよしとしよう。


「ほら、わかったら下がれ。町に戻って大人しくしてろ。後で協会に行くから」

「い、いいえ! その方が先生の恋人にふさわしい方なのか、確かめなくてはなりませんわ! 悪い虫を追い払うのも弟子の役目です!」


 一度引き下がろうとしたソフィは一転、ドアを閉めようとした俺の体に体当たりして、無理やり押し入ろうとしてきた。


「そんな役目はない!」


 隠したいのは恋人ではなくドラゴンなのだが、よしんば恋人だったとして、起床直後、ともに夜を過ごした女性がどのような姿でいるかくらい想像がつくだろう。

 それを確認させろだなんて、正気の沙汰とは思えない。


「ありますわ! たとえなかったとしても、今わたくしが作りました!」

「作るな!」


 ぐいぐい押しながら背伸びをして、ソフィはなんとか肩越しに部屋の中を確認しようとしている。


 女性ならばこの攻防の間に身なりを整えているかもしれないが、相手はちびなのだ。

 窓から外に出て行ってくれていればいいのだが、さっき大人しくしてろと言ってしまった。焦って強い口調になってしまったし、今までさんざん言い続けてきた言葉だ。じっとしていなくてはいけないということを感じ取って、おそらく言われた通りにその場で大人しくしているだろう。


 布団を被せてきたから、少し見られたくらいでは見つかるとは思えないが、うっかり尻尾でも出ていたら目も当てられない。


 ソフィはついに俺の両肩に手を乗せ、目一杯背伸びをし始めた。


「おま、いい加減にしろ」

「いいえ、やめませんわ」

「……いってぇ!」


 細かく位置を変えながら伸びをしていたソフィの足が、俺の足を踏んづけた。

 靴を履いていない、裸足の足をだ。


 痛さに体が硬直した俺の肩越しに、ソフィは家の中に視線を走らせた。


 そしてはっと息を飲むと、肩から手を離し、二、三歩後ずさりした。


「そんな……なんてこと……」


 ソフィは片手で口を覆い、青ざめた顔つきでさらに一歩下がった。


 ああ。見られてしまったか。


 弟子として迎い入れるのであれば、いやおうでもいずれ話さねばならなかっただろうが、もう少し穏やかに伝えたかった。


「い、いえ……弟子たるもの、先生のご趣味に口を出すべきではありませんわね……。わたくしは、わたくしは先生のお気持ちを……尊重……いたしますわ。たとえ、人の道に反していようとも……応援いたします。だって弟子ですもの……」


 なんだか様子がおかしくないか。


 趣味? 人の道? 応援?


 いったいこいつはなにを言っているんだ?


 距離を置いたソフィには万が一にも見えないように、そろっと後ろを振り返る。


「!?」


 俺は思わずドアを閉めた。

 自身を家の外に追いやって。


 たった今目にしたものが信じられない。


 心臓がバクバク鳴っている。

 体中の血液がものすごい勢いで流れ始め、跳ね放題の髪がさらに逆立った。

 

 見間違いだ。

 見間違いに違いない。


 目の錯覚だろう。

 寝ぼけていたのかもしれない。


 もう一度、もう一度きちんと確認を……。


 ソフィがいる手前、ほんの少しだけ開けて隙間からのぞかなければならなかったのだが、動転していた俺は、思いっきりドアを開け放ってしまった。


 そして見たものは先程と同じ光景で。


「うわあぁあぁぁっっっ!!」


 勢いのままバタンッと扉を閉め直す。


 ベッドの上では、燃えるような赤い髪の全裸の男が上体を起こして眠たそうに目をこすっていた。

 大声を上げた俺にぎょっとしたところまでは見たが、視界を遮ってしまったので、男が今この瞬間何をしているのかはわからない。


 待て待て待て。

 なんだあいつ。

 どこから来たんだ。


 ていうかなんで全裸!?


 変質者?


 なんで俺んちにいるんだ?


 いやでもこのままにはしておけない。

 泥棒だろうが変質者だろうが、捕まえて憲兵に引き渡さねば。


 というか俺のベッドに全裸の男がいる状態が耐えられない……!!


 丸腰だが、体術でなんとかするしかない。

 幸い向こうは全裸だ。無防備の極みである。

 その辺に転がしてあるナイフを手にされたところで、何とかできるとは思えない。


 よし。


 呼吸を整えて、ドアを開け、勢いよく部屋に飛び込んだ。


 しかし――中はもぬけの空だった。

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