第70話 敗北

「……お前、何言ってんの?」

「ですから、わたくしは、ノト先生に弟子入りするために参りました」


 ようやく絞り出した言葉に、ソフィははきはきとした声で答えた。


 そうじゃない。聞こえなかったわけじゃない。


「弟子は取ってない。……というか、学園はどうしたんだよ」

「やめました」

「な……!?」

「学園で教わることなんて、ノト先生に教わったことに比べたら……いえ、比べるのも無意味ですわ」


 バカなのか。

 バカなのかこいつは。


 金髪で良家の子女――なのだろう、立ち振る舞いからすると――で学園の生徒なら、あとは卒業すりゃ魔術師としての地位は確立されたようなもんじゃないか。


「とにかく帰れ。弟子は取ってない」

「いいえ。わたくしは帰りません。先生に弟子にしていただくまで、ここを動きませんわ」

「あのなあ……」


 眉をきりりと吊り上げて、気合十分といった顔つきだ。

 

 そんな気合は要らんのだが。


「学園をやめたって、親はどうしたんだよ」

「もちろん反対されましたわ。でもやめました」

「親が反対してるのにどうやって」


 生徒の一存で決められるほど学園は緩くない。

 入るのには相当の努力と金が必要な上に、家柄や素行も調査される。

 そしてそれは家族にまで及ぶ。親も一緒に入学試験を受けていると言ってもいい。


 生徒が一言やめると言ったからといって、はいそうですかと受理されるわけはないのだ。


「退学処分を受けたのです」

「は?」

「学園の設備を壊し回って、貴重な素材を燃やしつくして、授業を全てサボってやりましたわ」


 ソフィは得意げにあごをつんと上げている。


 が、それは決して得意がるところではない。


「その損害は……」

「もちろんお父様が支払いましたわ。退学処分という罰で随分減額されたようですが、それでも結構な額になったようです。おかげで勘当されてしまいましたわ」


 なんだよその「外出中に雨に降られてしまいましたわ」みたいな気軽な口調は。肩をすくめる程度の話じゃないだろうが。


「ですから、わたくし、他に行くところがございませんの。先生が弟子にして下さらなかったら、食べていくあてもないのです」

「それは俺の知るところではない」

「そんな! かわいい弟子が困っているんですのよ」

「ちゃっかり弟子になったことにしてるんじゃねぇよ。だめなものはだめだ。帰れ」

「ですから、帰る家はもうないんです」

「親なら子どもは見捨てないだろう。反省して謝れば許してくれる」

「師匠だって弟子を見捨てないものですわ」

「だからだな、俺はお前を弟子にしたつもりはないし、するつもりもない!」


 きっぱりと言ってやる。


「そう、です、か……」


 ソフィは気を落としてうつむいた。


 可哀想だが、こんなトンデモな展開に流されるわけにはいかない。


 弟子になるために学園をやめてきた? 学園をやめるために莫大な損害を出して退学処分を受けた? そのせいで親に勘当された?


 そんなこと知るか。


 俺は自分の平穏な生活を守る。

 こんな数日一緒に働いただけの小娘に振り回されてはたまらない。


 だいたい弟子ってなんだよ。

 こんな魔力ゼロの出来損ないが、弟子なんか取ってどうする。


「先生が、そういうなら、仕方がないですね……」


 ソフィは傍らに置いていた大きなカバンに手を伸ばした。


 それを持ち上げるのかと思ったら、横についているポケットを開けて、一通の封書を取り出した。


「これ、先生にです」


 差し出されたのは、何の変哲もないただの白い封筒だ。

 表には何も書かれていない。


 だが、俺にはわかってしまった。


 ここでソフィが手紙を出してきた意味。

 俺の家この場所にたどり着けたという事実。

 学園の退学処分を自ら受けに行くという暴挙にでられた理由――はただ無鉄砲なだけかもしれないが。


 封筒の中には紙切れが一枚。


 そこには一言「よろしく」とだけ書いてあった。


 ぷるぷると全身が震えてくる。

 くしゃっと封筒と紙切れにしわがよった。


 一体ソフィはどうやって師匠に渡りをつけたのか。

 パースか。パースの仕業なのか。

 あいつめ、今度会ったら覚えとけよ。


 俺は気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸をした。

 そしてがくりと肩を落とす。


「わかった。弟子として認めよう」

「ありがとうございます!」


 ソフィはお行儀よく一礼した。

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