第68話 火柱


「ああ、もう乾いたか」


 魔法陣を一枚描き上げてちびのタオルを触ると、陽だまりで干したようにふんわりとしていた。


 生活用水用の水瓶みずがめに浸して軽く絞り、ちびの体を拭いて、体の向きを変えてやる。もう一度タオルを濡らして体にかけた。

 口に少しずつ果物の汁を含ませ、頭の下に敷いてある回復用の魔法陣を取り替えた。


 世話をしている間も薄い桃色に光る鱗はぽろぽろと砕けがれ続けて、丸見えになった柔らかく赤い表皮が痛々しい。


 あれから三日、ちびは目を覚まさない。


 熱を放ち続ける体を冷やすべきかどうか迷った挙句、濡らしたタオルを体にかけることにした。すぐにぬるくなってしまうが、それ以上冷やしてよいものかわからなかったので、乾くまではそのままにしている。


 王都にはすぐに手紙を送った。返事は協会から家まで届けてもらう手はずになっているのだが、まだ来ない。


 対処法がわかればすぐにでも実行に移すのに、何もわからない。病気なのか、食べ物が悪かったのか、環境がよくないのか。


 もしかすると、冷やすよりも、炎であぶってやるのが正解なのかもしれない。何か薬を塗ってやるべきなのかも。


 考えはいくつも浮かぶが、どれが正解なのか見当もつかないため、少し楽そうに見えるという理由で、濡れタオルと回復魔法陣の併用に落ち着いた。ヘタなことをして逆効果になるのも怖い。


「キュー……」


 手袋をした指で頭をなでてやると、ちびが弱々しく鳴いた。


 同時に、ぽぽぽっと小さな火がちびの体の上に出現した。


「キュー……」


 さらにぽぽっと小さな火がともり、ぱっと消える。


 倒れてからたまにこうやって寝言のように魔術を使うことがある。最初は慌ててしまったが、出現してはすぐ消えるだけで、どこかに燃え移ることはなく、害はない。

 万一何かに触れたとしても、家を覆うようにかけてある耐火の魔法陣で足りるだろう。


「キュー……」


 ぽぽぽ。


「キュー……」


 ぽぽっ。


「キュー……」


 ぽぽぽぽ。


「キュー……」


 ぽっ。


 その様子をぼーっと眺めていて、ふと気がついた。


 炎が、五つまでしか出ない。

 出そうになったところで、ぷつっと切れるように消えてしまう。


 まさか――。


 部屋を飛び出し、庭の端、かなめとして刺してある鉄杭に急いだ。


 膝の高さの杭の上部、そこにある取っ手を両手でつかみ、背筋を目一杯使って引っ張る。


「ふんっ」


 ずずずっと杭が動くが、先に返しがついている杭は、そう簡単には抜けない。


 誰だよこんなの打ち込んだ奴。


 ……俺だ。


 トドメとばかりに上から跳躍で踏みつけた記憶がある。

 

 戻って補助の魔法陣を使った方が早い。

 のだが、気がいて、戻るという気にはなれなかった。


 記憶を頼りに返しの位置を推測し、そこがあまり引っかからないような方向を狙う。


 ずずずっと杭に手ごたえを感じるが、そこで動きが止まってしまった。


 一度力を緩めて前後左右に揺らして穴を広げ、一気に引っ張った。


「くそがぁぁぁっっ!」


 ずずずっずずっずずっ。


 すぽんっなんて気持ちの良さは全くなく、がりがりと地を削ってついに杭は抜けた。


「やった……」


 力を抜いて後ろに倒れ込む。

 背筋が張っている。こりゃ明日は筋肉痛だ。


 はぁあとため息をいたとき、仰向けになった俺の頭上、つまり家の方向で、ピカッと強い光がきらめいた。


 開いた窓から見えたのは、立ち上る火柱。


「ちょっ!」


 飛び起きて、今度は家に向かって走った。背中が悲鳴を上げるが、それどころではない。


 家に飛び込めば、ちびの体の上から上がった火柱が、天井をてらてらとめていた。


 壁は赤く照らされ、熱風が襲ってくる。


 ちびにかけていたタオルがふわっと浮き上がり、炎に巻き込まれて一瞬で消し炭と化した。


 顔を腕でかばい、テーブルの上の破砕機を手に取る。


 耐火。耐熱。耐熱。


 とりあえず自分に補助をかけて。


「からの――」


 そこら中に置いてある魔法陣をひっつかみ、ちびに向けて構える。


「――水塊っ!」


 魔法陣の前に生まれた水の塊が、ばしゃっと火柱にぶつかった。


「うっぷ」


 炎は一瞬にして消え、同時にぶわぁっと水蒸気が発生した。


 天井は黒く焦げているが、燃え移ってはいない。


 ふぅ……。

 なんとかなった。


 ちびの様子を確認しようと足を踏み出したとき、唐突に、またも火柱が上がった。


「くそっ」


 再び水塊をぶつける。


 消える火柱。

 発生する水蒸気。

 そしてまた吹き上がる火柱。


 その攻防を何度か繰り返した後、ぴたりと炎の出現は止まった。


「お、終わった……?」


 おそるおそるちびに近づけば、それまでの苦しそうな息遣いが嘘のように、すやすやと気持ちよさそうな寝息に変わっていた。

 触ってみても熱さは感じない。


 本当に終わったようだ。


 ほっと安堵の息を吐いたのもつかの間。


 気がつけば家の中は大量に発生した水蒸気でぐっしょりと濡れていた。

 かまども、食糧庫も、ベッドも、タンスも、そして――


「陣が、描き上げた陣がにじんで……! 紙も全部パア!? ストックしてた陣も!? そ、そんな……」


 嘘だろぉ!?

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