第67話 熱

 貧民街を出た俺は、協会に向かった。

 あいつらはどこに住むんだろうなと思いながら。落ち着いたら顔を出しに行こう。



「これ、王都まで」


 協会のカウンターで、たまたま手が空いていたサーシャに手紙を渡す。


「また手紙? 昨日も出してなかった? このところほとんど毎日見かけるよ。仕事忙しいの?」

「進捗を逐一報告しろって言われてさ」


 ドラゴン育成の。

 ちびが出ずっぱりでほとんど書くことがないのだから、以前のようにまとめてでいいだろうに。


「ここまで来るのも大変でしょ? あんな辺鄙へんぴな所に住んでないで、引っ越してくればいいのに」

「静かなところが気に入ってるんだ」


 今までの一番の理由は魔石が使えないと町での生活が不便だからだったけれど、ドラゴンを飼っている今となっては、ますます動けなくなってしまった。

 仮にご近所さんに隠し通せたとしても、森が近くになければちびが体力を持て余してしまうだろう。


 森に住んでいて本当によかったとしみじみと思った。


「あとこれ、鑑定して欲しいんだけど」


 ことりとカウンターの上に親指大の黒い欠片を置いた。


「なにこれ?」

「それを知りたいんだよ。森で拾ったんだ」


 ちびがくわえて持ち帰ったものだ。


 サーシャは欠片を持ち上げてしげしげと眺めた。


「欠けてて元の形はわからないけど、材質は爪か角みたい。牙かもしれないわ」

「それはない。こんなに大きな牙を持つ獣はここの森にはいないから」

「そうね。……わかった。調べておく」

「よろしく」

「あ、待って」


 カウンターを離れようとしたら、呼び止められた。


「これ、ノト宛の手紙」


 渡されたのは、三通の手紙。

 一目でわかる。魔法陣仕事の依頼だ。


「……しばらく来れないかも」

「体に気をつけてね」


 苦笑交じりの心配をもらってしまった。




 その日、ちびは帰ってこなかった。


 魔法陣に集中していた俺はちびのことをすっかり頭の外に追いやっていて、日が昇ってから気がついた。


 これまでも、知らない間に帰ってきて知らない間に出て行っていることはあった。

 しかし今回は、寝床として敷いてある毛布には乱れがなく、寝た形跡が見られなかった。


 仕事の手を止めて森に探しに行ったが、俺の縄張りとなっている浅い範囲では見つけられなかった。


 さらに狩りに出る範囲まで探したが、やはり見つからなかった。


 痕跡すら、なかった。


 襲われて食われてしまったのなら、残念だが、仕方がない。素材がパアになってしまったのは本当に残念だが、仕方ない。


 自由にさせていた俺が悪いのだ。


 だが……。


 あの日の悪夢が蘇る。

 人間を襲う、ドラゴン。


 もし逃げていたら。

 

 この森は深く、滅多なことで人は奥まで入っていかないから、ひっそりと暮らしていくことはできるだろう。

 実際、この国にいる他のドラゴンは、そうやって辺境の地で穏やかに暮らしている。


 しかし、そんな保証はないのだ。

 町に出て人を襲わないなんて断言できない。


 これは俺の落ち度だ。


 馴れていたから。

 言うことを聞いていたから。

 怖がりだから。


 魔物にとって、人間と獣はえさだ。


 手痛い経験をした後なら警戒もするだろうが、ちびはまだ小さい。

 日に日についてきた力で勝てると思ってしまったら。


「ちび! いないのか!? いるなら返事しろっ!」


 ――襲いかからないとも限らない。


 まずいな。

 一度戻って装備を整え、本気で探そう。




 急いで家に戻った俺が見たものは、いつも出入りしていた窓の下にいるちびドラゴンの姿だった。


 なんだ。帰っていたのか。


 ほっと安堵するのもつかの間、その様子のおかしさに気がつく。


 遊びに疲れきって寝ているのかと思ったのだが、ぐったりとしていて、息が荒い。


 地には体を引きずった跡があり、なんとかここまでたどり着いたといった様子だった。


「おい、ちび。どうしたんだ?」


 見た感じ、怪我はしていない。


 よく確かめようとちびドラゴンに手を伸ばした。


「熱っ!」


 ちびの体は、ひどい熱をもっていた。

 不用意に触れるとやけどをしそうなほどだ。


 どうすればいいんだ。


 熱いなら冷やすべきか?


 でも火の属性だぞ。

 水をかけていいのか?


「ちび、なにがあったんだ? どうしてほしい?」

「きゅー……」


 ちびが目をうっすらと開けた。

 前脚を弱々しく持ち上げる。

 そこから、ぱらぱらと鱗のかけらがこぼれ落ちた。


 小さな足先を握ってやる。


「熱っ」


 熱に耐えて握り続けた手の中で、鱗が割れた。 


 ちびは満足そうに目を閉じた。

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