第66話 贈り物

「ちびー、出かけてくるぞー!」


 協会に納品する魔法陣を携えて、森にいるちびドラゴンに向かって叫んだ。

 遠くからきゅいーっと返事が返ってくる。


 初めのうちは俺が出かけようとするとついて来ようとしたものだが、最近はもっぱら森に入り浸っている。

 体の動きが安定してきて、森で遊びまわるのが楽しくて仕方がないようだ。魔術の方はさっぱりだが。


 手がかからなくなって助かる。




 薄暗い裏通りを歩く。

 なんだか今日はいつにも増して空気がピリピリしている。


「ノト……?」

「ノトだ!」

「ノト、たすけて!」


 突き刺さっていた視線がふっと和らぎ、貧民街の子供たちが現れた。

 みな不安そうに眉を寄せている。泣き出しそうな顔をしている子もいた。


「どうした? タンクは?」


 リーダー格の少年を探すが見当たらない。


「タンクがつかまっちゃった!」

「つれてかれた!」

「タンクをたすけて!」

「うわあああん! タンク兄ぃいぃぃ!」

「ふえ……ふえぇぇぇん!」


 俺を囲んだ輪の一番内側にいる子供たちが、俺の服にすがりついてくる。

 一斉に口を開くものだから何を言っているのか聞き取れない。


「待って。それじゃなにが起こったのかわからないよ。説明できる子はいないの? ルルは?」

「ここ!」


 ぼさぼさの紺色の髪をした少女が後ろで手を挙げた。


「みんな、話を聞きたいからルルを通してあげて」


 ルルはえっちらおっちら人波をかき分けて、俺の目の前までやってきた。

 タンクの次に年上で、普段はお姉さん役としてみんなの面倒を見ているしっかりとした子だが、今は両手を胸の前で握りしめ、ぎゅっと口を結んでいる。涙がこぼれそうだ。


「なにがあったの?」

「タンクが……大人に……憲兵に……連れてかれたの」

「憲兵に? 理由はわかる?」

「わかんないっ。しばらく盗みはしてないのにっ!」


 ついにルルは両手で顔を覆ってわっと泣き出してしまった。


「タンクにぃがしんじゃうぅぅっ!」

「しけいになっちゃうぅぅ!」

「タンクしんじゃうの……? うえぇぇやだあぁぁぁ!」


 始まる泣き声の大合唱。


「ちょ、ちょっと、そんな簡単に死刑になったりしないから。みんな泣かないで」


 慌てて否定するも、泣き声にかき消されて届かない。


 弱ったな。どうしたらいいんだ。


「っ!」


 周りを見回しながら困り果てて視線を上げた先、元来た方向に、人影が見えた。


 思わず身構えたその気配を感じたのか、子どもたちがびくりと体を強張こわばらせ、向かって来たプレートを身に着けた男たちを見て、ぎゃーっとでかい悲鳴を上げた。


 あっと言う間に僕の前から子どもたちがいなくなった。


「えーっと……」


 胸のプレートには、盾を背後に女性の横顔をデフォルメした王家の紋章が描かれている。

 憲兵の印だ。


「ど、どうも」

「ああ、町はずれの」


 一番前の男の陰から顔を出したのは、憲兵団の団長だった。

 かつて森に変な男が住み着いたと噂になったときに、何度かお世話になったので、顔だけはよく覚えている。


 さらにその後ろには、口をへの字にしたタンクがいた。


「この子たちの知り合いなら、説明してやってくれないか」

「ノト、こいつらおれたちを追い出そうとしてるんだ!」

「誤解だ。我々はただ、別の場所に移らないかと……」

「そう言って騙そうとしても無駄だっ!」

「……というように、全く聞く耳を持たない」

「なるほど」


 団長は困りきった顔で手を後頭部にやっている。


 タンクが耳を貸そうとしないのは、大人たちに食い物にされてきたという経験から生じた、彼らなりの防衛手段なのだ。


「タンク、俺が話を聞いてくるよ」

「ノトが騙されるかよ!」


 タンクの姿を見てぱらぱらと顔を出している子どもたちの不安げな顔を後に、団長に続いて声が聞こえない程度のところまで道を戻った。




「ノト、どうだった?」


 憲兵に解放され、子どもたちに囲まれていたタンクは心配そうに俺と後ろの団長を交互に見た。


「タンクの言う通りだった。みんなにここから出ていって欲しいんだって」

「だから言ったんだ!」


 ひどく落胆した様子でタンクは吐き捨てた。

 内心では大人を信じたいのだ。


 でもね、と俺は続けた。


「もっといい家を用意してくれるんだって。ご飯もたくさん食べられるし、勉強もできる」


 みんなの顔がぱっと明るくなった。

 しかしタンクだけは顔を上げない。


「そんなうまい話があるわけないだろ。ノトまで騙されたのかよ」 

「もちろんタダじゃない」


 ごくりと全員ののどが鳴った。


「仕事がある。洗濯や食事の用意。自分たちのだけじゃなくて他の人の分も。男子は荷物運びなんかもやらなくちゃいけない。そして一つ条件があって――」


 タンクが顔を上げた。

 何ついもの視線が集まって顔に穴が開きそうだ。


「――大人になったらしばらくこの国のために働くこと。好きなことじゃなくて、決められた職業につく」

「なんで、そんな……」

「女王陛――様がそう決めたんだって」


 あの日酒場で悔しそうな顔をしていたリズを思い出す。


「嘘だ。女王様がそんなことしてくれるわけがない!」

「女王様からの勅――手紙を見せてもらったから嘘じゃない。よかったな、タンク。これは女王様からみんなへの贈り物だ」

「そうなんだ……女王様が、おれたちに……」


 ようやく信じる気になったのか、タンクがかみしめるように言った。


「あとはよろしくお願いします」

「助かった。任せてくれ」


 団長にあとを託し、俺は貧民街を後にした。


 あ、余った野菜を渡すの忘れた。

 まあいいか。

 もう必要なさそうだ。

 

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