第一章 出立

第65話 ドラゴンとの生活

「どぅわぁぁぁぁぁっっっ!」


 跳ね起きて枕の下のナイフを取って身構えると、そこは自宅のベッドの上だった。


 ゆ、夢か……。


 妙にリアルだった。

 特に開いた口の奥に見えた闇が。


 身体中が汗でびっしょりだ。

 心臓の音がうるさい。


 床を見れば、すぐ下で丸まって寝ているはずのドラゴンがいなかった。

 部屋の中を見回すと、ベッドから一番遠い角の棚の下に首を突っ込んで丸くなっていた。ぷるぷると震えている。


 俺の叫び声に驚いて走り込んだのだろう。


「ちび、びっくりさせてごめん。大丈夫だから」


 ちょろっと顔をのぞかせて、俺が無事で、怒ってもいないことを確認すると、羽ばたきながらぴゅーっと走って胸に飛び込んできた。

 家の中で翼を使うのは禁止しているのだが、今は許そう。


 膝にかかっている布団の上でべちゃっと四肢と首を投げ出した状態でうつ伏せになり、ちらちらとこちらを見ながら背中を撫でろと催促してくる。


「ごめんな」


 少し撫でてやり、体を両手で持って床に下ろすと、もっとやれとばかりに首を伸ばしてこっちを見たが、俺が横になると、大人しく丸くなった。


 こう見るとかわいいだけの生き物だが、小さいとはいえドラゴンだ。

 正夢にならないとも言えない。

 注意はしていないといけないだろうな。




 王宮でリズとシャルムの重すぎるカミングアウトを受けた後、俺は精神的に疲弊しながらも、自宅に帰ってきた。


 ちびドラゴンは小さい樽に入れて運んだ。


 一度憲兵の荷物検分を受けそうになったが、女王陛下――もとい、リズにもらった特別運搬証のお陰でまぬがれた。

 家に帰るだけなのに超重大なミッションを担っているかのような反応をされたのは複雑な気分だったが、助かったのは確かだ。


 早く大きくなれとばかりにたくさん餌を食わせ、同居するにあたって、やっていいことをやってはいけないことを根気強く教え込んだ。


 例えば、無闇に魔術を使わない。俺の仕事の邪魔をしない。睡眠の邪魔をしない。家の中で羽ばたかない。トイレは外で。外に出たら遠くまで行かない。誰かが家に来たときは外に出ている。


 一番大変だったのは、最後の、訪問者がいるときの対応だ。

 客を怖がって俺から離れるのを嫌がったのだ。


 これは客が来る前に外に出すことでなんとか解決した。出ている間に客が来ると、怖がって近づくことができない。

 そのうち自然と外に出ていくようになった。

 普段はほったらかしにしている俺が、客が帰ったあとだけは迎えに来るのも嬉しいようだ。


「会話が成り立てばもっといろいろできるのにな」

「きゅー」


 ちびドラゴンの頭を指で撫でながら呟いてみるが、俺にはドラゴン語は理解できそうにもない。言葉を理解しているのか、ニュアンスで感じ取っているのかはわからないが、まだちびの方が見込みがある。



 最近は、えさをやらなくても、勝手に森で食べてくる。

 なにせ俺が、水瓶みずがめとパンをお供に、二日間ぶっ通しで仕事をしたりするのだ。腹を空かせてぴーぴー泣いても構ってやれない。


 家の周囲はあまり獣が寄り付かないが、小さな獣をたまに見つけているようで、口の周りを赤くしていたり、小さな怪我を作っている。


 なかなか帰ってこないからと迎えに行ったら倒れていて、口から毒草がこぼれ落ちていたときは、ヒヤッとした。

 こういうのは教えないといけないようだ。たぶんドラゴンも親に教わるのだろう。野生の勘でどうにかなるものではないらしい。


 次第に、人間には毒でもドラゴンにとっては平気な植物があったり、逆にドラゴンが中毒になる獣がいることもわかってきた。


 それらは逐一書きとめ、まとめて王都に送っている。

 魔物と遭遇することのないこの国では特に貴重な情報だ。



 一緒に狩りに行くのが一番楽しいらしく、俺の周りをちょろちょろしてはつまずいて転ぶ。歩くのも飛ぶのもまだまだ苦手だ。


 大きな獣を見つけるとしり込みして動けなくなるが、俺が攻撃しようとすると、途端に勇気づいて立ち向かっていく。

 脚にかぷりと噛みついては振り落とされ、また近づいてかぷりと噛みつく。

 ガッツは認めるが、まだまだ攻撃力が足りない。


 数日前、狩りの休憩中に、小さな獣を狩るのを見た。

 相手にとってもちびドラゴンは捕食対象になるようで、取っ組み合いの喧嘩のようだった。ごろごろ転がりながら互いに噛みつきや爪での攻撃を繰り返し、鱗の防御で勝るちびが辛勝した。


 ちびはそのまま食いついてぺろりと平らげてしまったが、その後に俺の顔を見てあからさまに狼狽うろたえた。

 それからは肉のひとかけらを必ず持ち帰るようになった。期待に満ちた目で見つめられるので食べないわけにはいかず、火を通し、何の肉かわからない不安を押し隠して口にしている。



 そんな風にして、俺たちは互いによい関係を築いていった。

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