エピローグ

第63話 祝賀会

 色とりどりのドレスをまとった女性客。完璧なエスコートをこなす男性客。誇りを持って職務にあたる衛兵や給仕。

 その誰しもが、期待に胸を膨らませていた。


 先日のドラゴン討伐の功労者を集めた祝賀会。

 王宮で宴が開かれるのは珍しいことではないが、今夜は女王陛下がお出ましになるというのだ。

 王宮で働く者でさえ、なかなか拝見できないという陛下。期待するなというのは無理な話だ。


 浮ついた空気の中、俺は周りの視線にウンザリしていた。


 まさか欠席するわけにもいかず、適当な服を持っていない俺は、急遽きゅうきょ協会から魔術師の正装を借りた。

 無駄に装飾が多くて重く、生地が足にまとわりついて歩きにくいだけとしか思えないこの服は、髪色が映えるようにという余計なお節介のせいで、濃い藍色をしている。

 黒髪が着ても似合うはずもないのに、服装のせいで視線を集めていた。


 しかし今夜の客は珍しい黒髪魔術師以外にも関心があるらしい。


 漏れ聞こえてくる会話から察するに、シャルムを探しているようだった。ドラゴンを追い詰めた特級審査官ともなれば、繋がりを持とうとする野心家でなくても、一目見ておきたいと思うのだろう。


 俺もシャルムやリズに会えるかと思って探してはいるのだが、それらしき人影は見えなかった。

 名前の出ていない俺がいるのだから、リズもいてもおかしくないし、少なくともシャルムはいると思うのだが。


 結局見つけられないまま、女王陛下がお見えになる合図の声がかかった。


 ざわついていた室内が一瞬にして静かになり、皆一斉に腰を落とし、顔を伏せる。


 女王陛下が壇上に上がる気配がした。


「顔を上げよ」


 凛と響いた声。


 顔を上げれば、壇上に、玉座にお掛けになっている女王陛下と、そのすぐ斜め後ろに立つ侍女の姿が見えた。

 壁際には衛兵が四人立っている。


 女王陛下は首元までを覆った黒いドレスをお召しになり、真っ赤なマントを羽織っていた。

 黒は何にも染まらない自由を象徴し、赤は代々続く女王の血筋を示している。


 その色は、真っ直ぐに下ろした陛下の真っ白な髪を際立たせていた。

 それこそが、女王陛下が初代女王のに連なる者であることの証。


 陛下は微笑みをたたえ、慈愛に満ちた表情で広間の面々を見渡し、満足そうにうなずいた。


「女王陛下は此度こたびの成果を大変喜んでおられる。みなの尽力をねぎらいたいとのことだ」


 声を発したのは、女王陛下ではなく、侍女の方だった。

 顔を上げろと言ったのも彼女だったようだ。


 濃い緑色の簡素なドレスに身を包み、あごまでの銀色の髪をハーフアップにした侍女は、ひどく整った顔立ちをしていて――。


「――っ!?」


 叫び声はなんとかこらえたが、体は大きく反応してしまった。隣の騎士が何事かと目を向けてくる。

 壇上の衛兵も剣に手をかけてこちらを警戒していた。


 侍女が無表情のまま視線をこちらに向けた。

 女王陛下の視線まで向く。


 沈黙を貫くべきか、弁解するべきか、弁解するとしたらなんと申し上げればよいのか。

 

 陛下の微笑みが消えた。

 

 背中を冷や汗が流れて行った。


 すると女王陛下が一瞬だけ、にやりと笑った。


「リ――!?」


 今度は立ち上がりかけただけでなく、大きな声が漏れてしまった。


 全員の目線が俺に突き刺さった。


 すぐさま周りにいた剣士たちに取り押さえられ、衛兵に引き渡された。

 

 広間から引きずり出されながら、俺は混乱に混乱を重ねて混乱していた。








「あはははっ! いいもん見せてもらったわ!」


 目の前のソファで、師匠が膝を叩いて大爆笑していた。


 衛兵に連れてこられたのは王宮の一室で、そこに師匠がいたのだ。

 一部始終を見ていたらしい。


「どういうことだよ。なんで――」


 言いかけた所で、部屋のドアが開き、あろうことか女王陛下が入ってこられた。


 ソファから飛び上がり、ひざまずこうとしたのだが、陛下はそのままずかずかと乱暴な足取りで近づいてくると、師匠の隣にどかりと座った。


「あー疲れた。もうしばらくやりたくねぇ」


 後頭部に手をやると、おもむろに頭の皮をはいだ。


 と思ったら、その下から黒髪が現れ、ばさっと肩に落ちた。


 頭の皮を膝に置いたまま、陛下はソファの背に両腕をかけて足を組んだ。


「んだノト、そんなバケモンでも見てるような顔してんじゃねぇよ」


 ぱくぱくと口を動かすが、言葉が出てこない。


「陛下。おたわむれが過ぎますよ」


 いつの間にか横にいた侍女が、眉をひそめた。


「シャ、シャルム!? え、何ですこれ? え、お、女? え、シャルム? え? 陛下? え? リズ? え? だって髪が。え?」


 二人の顔を交互に見る俺。


「改めまして。わたくし、女王陛下付きの侍女、兼、護衛の、シャルロッテ・ローイックと申します」


 侍女が胸に手をあてて名乗った。


「この国の女王をやっている、アリステル・ターナリックだ」


 陛下がめんどくさそうにおっしゃった。


「ぶふっ! あははは! もうダメもうムリ!」


 笑いをこらえていたらしい師匠が吹き出した。


「え、シャルムと、リズ? リズが女王陛下?」

「そうだっつってんだろ? いい加減理解しろ」


 俺は女王陛下と旅をしていて、おみ足を拝見して、服をはいで、胸を触って、恭順の礼をさせたあげく、殺すとまで言ったってこと!? 



「なんじゃそりゃ~~~~っっ!!!」

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