第62話 ドラゴン

「リズ、離れてください」


 俺は最後の短剣を取り出して身構えた。

 リズも俺の緊張を感じ、同様の構えをとった。


 残りの魔法陣を思い浮かべる。

 ロクなのがない。


 せめてシャルムがいれば……。


 なんて都合のいいことを考えてしまうほどに、まずい状況だった。


「魔法陣、残りが推進と回復しかないんですが、魔石はどうです?」

「回復が一個と障壁が二個。ノトのことだ、どうせまだ奥の手が残ってるんだろ?」

「それがマジですっからかんなんですよ。描く暇もなさそうです」


 その赤いモノは両腕で作った輪くらいの大きさに丸まっていた。


 この大きさなら大丈夫だろうか。

 いや、あのドラゴンに魔力を供給していたくらいだだから、大きさに惑わされてはいけない。


「で、これは何なんだ?」

「俺の予想が正しければ――」


 言いかけたところで、それはぶるるっと震えた。

 二人の間に緊張が走る。


 それは畳んでいた翼をゆっくりと広げ、くあぁと鳴いた。


「――ドラゴンです」

「の、ようだな」


 赤いドラゴンは、腰までの大きさしかない。牙も爪も鱗も体の大きさ相応だ。

 先ほどの青白いドラゴンは首が長かったが、こちらはあまり長くはなく、ずんぐりとしている。


 ドラゴンは、てとてとと歩いては周りをきょろきょろする動作をいくらか繰り返したあと、目の前にいる俺たちにようやく気付き、見上げてびくりと体を硬直させた。


「油断しないでください」

「わかってる」


 リズが魔石を手に取った。

 俺も破砕器を握り込む。


 障壁も、推進も、最後の手段だ。

 なるべく回避したい。


 ドラゴンはこっちをにらみつけ、くあぁぁっと鳴いた。


 同時に体の前に蝋燭ろうそくの火ほどの大きさの炎が一つ現れ、こちらに向かって少しだけ進んだあと、力尽きたように消えた。


 ドラゴンが再びくあぁぁっと鳴く。


 今度は三つ現れたが、同様に消えてしまった。


 二人と一匹の間に沈黙が流れた。


「これ、どうすんだ?」

「どうしましょうか」

「あ、逃げやがった」


 ドラゴンはくるりと向き直ると、たしたしと走り出した。


 そして――すぐにべちゃりと転んだ。


 よたよたと起き上がると、今度は翼を広げた。


「やべぇ、マジで逃げられんぞ」


 捕まえようと近づいて手を伸ばしたが、届く前にぱさりと羽ばたかれてしまった。

 ドラゴンはふわりと空中に浮かび――


 ――ぺしょっと腹から落ちた。


 逃げるのに失敗したドラゴンは、こちらを一瞥いちべつしたのち、翼にくるまって丸くなった。

 ふるりふるりと震えている。


「討伐、するべきですよね?」

「魔物を見逃すわけにはいかねぇだろ」


 ドラゴンは震えをぴたりと止めると、首だけ出して恐る恐るこちらを見、びくりとしてまた頭を隠した。


「今ならひと突きでいけますよ」

「じゃあいけよ」

「遠慮しておきます」

「無表情でドスッといくのがノトだろ?」

「俺はでかいのを討伐したんで、リズに譲ります」

「逃げられただろうが」

「こっちも逃げられますよ」

「とりあえず、翼折っとくか」

「……ひどいこと言いますね」


 リズがあきれ顔で俺を見た。


「じゃあどうすんだよ」

「それは……」


 言いよどんだ俺をよそに、リズは大胆にドラゴンに近づいた。

 短剣の背でカツンカツンとドラゴンを叩くが、丸まったまま動かない。


「気をつけてくださいよ」

「わぁってる」


 台詞とは裏腹に、リズはドラゴンの翼の付け根をむんずとつかんだ。


 しかし、ドラゴンは全力で丸まっているらしく、引っ張っても翼はぴたりとくっついたままで、塊のまま持ち上がってしまった。


「なんだこいつ。すげぇ軽い」

 

 体の下に巻き込んであった尻尾がぷらりと垂れ下がった。


 思わずそれをぎゅっとつかむと、そいつはきゅっと鳴いて体の力を抜き、リズがつかんだ翼の根元から、くたりと垂れ下がった。

 きゅぃぃきゅぃぃと小さく鳴いている。


「ドラゴンって、尻尾が弱点なんでしたっけ?」

「聞いたことはねぇし、少なくともでかいのは平気そうだったが」


 リズが翼を放しても、俺のつかんでいる尻尾だけでくたっとしている。


「……こいつ、持って帰れないですかね?」

「はぁ?」

「こうしていれば大人しいですし、素材がたくさんとれるようになってから殺しましょうよ」

「……お前の方がよっぽどひでぇよ」


 ドラゴンはきゅーきゅーと鳴き続けている。


「無理だろ。こんなん連れてったら大騒ぎになる。でっかくなって被害が出たらどうするつもりだ?」

「魔術が使えないように喉を潰せばいいんですよ。あとは拘束してしまえば大丈夫です」

「さっきまで可哀想だって目をしてたくせに」

「ドラゴンの肝はものすごく希少な上に、目が飛び出るほど高いんです」


 目玉も欲しい。爪も欲しい。牙も欲しい。


 目の高さに持ち上げて、使えそうな素材をあげていく。成長したらたくさんとれる。


「うわー……」

「そんな目で見ないで下さいよ」


 素材を採るために獣を飼うことだってあるんだから、ドラゴンを飼ってもいいじゃないか。


「協会には申請すんだろうな? 前例なんざあるわきゃねぇし、却下されんのがオチだぞ」

「大丈夫です! 師匠はこういうの大好きですから!」


 自信満々で言い切った俺に、リズは大きなため息を寄越した。



 こうして俺は一匹の小さなドラゴンを手に入れた。



 そのあと、目覚めたシャルムにリズが事情を話し、文字のことを口外しないことを誓約させ、今すぐドラゴンを殺すべきだというのを説得し、生死の確認に来た憲兵に発見され、逃げたドラゴンはミリムの手前で討伐されたことを聞き、苦しい誤魔化しを重ねてなんとかドラゴンを隠し通してバルディアに戻り、パースに見せて怒鳴られ、師匠に許可を求めたらでかしたと珍しく褒められ、連日報告書を書いていたらいつの間にかシャルムとリズはっていた。


 協会からは、依頼料満額と、パースの口添えで経費と討伐報酬の一部が支払われた。

 赤い球とちびドラゴンのことは協会の一部にしか知らされず、今回の討伐の手柄は、ドラゴンを追い詰めたとされたシャルムや、現地で陣頭指揮をとったパースなどの表の面々のものとなり、単なる同行者である俺の名前は出なかった。

 俺としては文句のつけようのない、大満足な結果だ。


 ドラゴンは何度かボヤ騒ぎを起こしたのち、炎を出して威嚇してきたときに水をぶっかけたら大人しくなり、俺が魔法陣で火を出したところをたまたま見てからなつくようになった。

 意思疏通はできないが、怒っていることと褒められていることはわかるらしい。火種が欲しいときに出してくれるようになり、大変重宝している。

 何でも食べるが、今のところ成長のきざしは見えない。



 バルディアですべての雑務を終えたときには十日以上が経過しており、そろそろ家に帰ろうかと思っていたところで、王宮から招聘しょうへい状が届いた。

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