第60話 反動

 赤い球のすぐ真上、ドラゴンの後頭部に、刃を水平にした剣を根元までしっかり突き刺した。両手でぶらりとぶら下がる。


 腹のすぐ前に魔石のような質感の表面がある。

 大きさは俺の下半身くらいで、周りを白二本と黄一本の魔方陣が別々の速度で回転している。


 こりゃなんだ?


 交わっているのに干渉していないのは不可解だし、単純な構造なのにぱっと見ただけでは意味を拾えない。

 知っている文字で知らない言語を書かれているような気持ち悪さがある。


 内部は濁っていて、強い光を発しているためよく見えないが、丸っこい何かの影がゆったりと漂っていた。


 ずずっと剣が押し出される。


 まずい。


 腹筋に力を込めて右足を持ち上げて、爪先で球を軽く押す。

 球は反発しながらも動いた。

 それ以上の反発はなく、危険性は無いように思われた。


 今度はぐっと押し込んでみる。

 球は前方へ押し出され、ドラゴンの鱗が表れた。

 足を離せば、反動でやや大きく戻って来てから元の位置に収まった。


 素足の左足でさわっても、それは同じだった。


 これはどうなっているのだろう?


 首が球を貫通しているわけではない。

 かといって球が首を断っているわけでもない。

 俺の爪先を飲み込むでもない。

 

 球が出現したときも不思議に思っていたが、こう間近でみると、その異常性がよくわかる。


 調べたい。

 表面に浮かんだ帯状の魔法陣も、この不思議な物体の仕組みも。


 研究のカギになる。

 ぶち当たっていた課題はこれで解決するだろう。間違いなく。


 だが――


 ずずっと剣がまた押し出された。


 今は時間がない。

 後でゆっくり調べよう。

 それまで壊れてくれるなよ。


 俺は爪先で何度か蹴って球を揺らしていく。

 次第に大きくなり始めた球の動きにあわせ、振り子のように体を揺すりながら。


 壊せないなら蹴り出しちまえばいい。

 これがなければドラゴンはドラゴンだ。


 剣が押し出され、刀身がしなっていく。

 俺の体重を支えている上にこれだけ振っているんだから当然だ。

 ダマ鋼でよかった。


 皮肉なことに、刀身の露出が増えるほど、振りは大きくなった。


 球は何かに支えられるわけでもなく、ただただ前後に移動していた。

 このままどんなに揺らしても、首の外に追いやっても、まっすぐ元の位置に戻ってくるのではないかという疑念が生まれる。


 これ以上は体の振りだけでは押しきれないと思った時、後ろに体を振った反動で、ついに剣が抜けそうになった。

 斜めに傾いたことで傷口の上側にひっかかり、なんとか落ちずにはすんでいるが、猶予はなかった。


 これが最後だ。


 抜けかかったその反動も利用して勢いを強め、膝を曲げて足先をつけ、勢いに乗ったところで足を伸ばして球を強く蹴り出す。

 抜けた剣から手を離して跳躍を連続発動させた。


「いっけぇ!」

 

 ものすごい速度で後ろに跳んだ俺が回転しながら見たものは、首の幅を超えて動いた球が、ころりと向こう側に落ちた光景だった。

 ドラゴンと被っていてよくは見えなかったが、赤い光は確実に落下していった。


 すると、ドラゴンが目を開けてきょろきょろと周りを見渡した。


 すっ飛んでいく俺を目にとめたが、なんの興味もないといったように、ふいと目をそらされた。


 うまくいった。

 これであとは普通のドラゴンを倒すだけだ。


 それならいつもの魔法陣で、魔法陣で……?


 ……しまった。

 もうすっからかんじゃねぇか。


 シャルムはよくて昏倒、悪けりゃ死亡。

 リズはよくて気絶、悪けりゃ死亡。

 俺一人でドラゴン?


 つーか、この状況でこのまま落下したら、俺も死ぬんじゃ……?


 防御が切れて? クッションになりそうな木もなく?


 ははっ。

 最後にこれかよ。


 きれいな放物線を描いて、俺は地に激突した。

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