第59話 無敵

 赤い球が光り出したのだ。

 今までの傾向から、これは全回復の合図。そして回復中は動けない。


 ドラゴンはぴたりと止まり、腹と下あごの傷から大量に白い煙が吹き出した。

 どういう契機で発動しているのかはわからないが、チャンスには違いない。


 これなら直接急所を狙うこともできそうだ。

 ならば一発でいけるところ。当然頭。


 ドラゴンは後ろ脚で立ち上がり、首は真っ直ぐ上を向いていて、頭の位置はかなり高い。


 視界をふさぐ煙をけ、ドラゴンの横に立った。


 跳躍一枚で肩の位置へ。


「つっ!」


 降り立つと、素足の左足が鱗のするどいふちにひっかかって、ざくりと切れた。鱗はただでさえ滑りやすいというのに、流れ出した血に足をとられ、ずるりと足が滑った。


 危うく転げ落ちそうになったところを、首に剣を突き刺すことで何とか落下を免れた。


 傷口から細く白い煙が立ち上った。


 どうせなら俺の傷も治してくれりゃいいのに。


 回復の魔法陣を使うが、足の位置を整えようとしたときに再び切ってしまった。


 くそっ。


 右足裏のグリップを頼りに立ち、剣を引き抜いた。


 視線を空に向け、ドラゴンの横顔をにらみつける。

 下あごからは今ももうもうと白煙が出ている。

 

 滑らないように注意して、跳躍。

 頭の上に着地した。


 こんなにカンタンに行くなんて。


 俺は剣を逆手に持って仁王立ちになり――


 これで終わりだっ!


 ――頭頂に真っ直ぐブッ刺した。


 ずぶずずと肉と骨を貫通する感触が手に伝わる。


「おっぷ!」


 血が噴き出すだろうと身構えていたら、出てきたのは大量の煙だった。

 ぐぐぐっと剣が上に押し出されていく。


 ちょ、なんだよこれ。


 足の痛みも忘れて負けじと渾身の力で押し返すも、ついにはにゅるんと剣は吐き出された。

 勢いでどすんと尻もちをついてしまう。


 後には何事もなかったように、刺す前と同じ、傷一つないつるりとした鱗が生まれていた。


 胸に刺した剣はそのまま残っているというのに、どうしてここは押し出されるんだよ。


 嫌な予感がして、ざくりざくりと滅多刺しにしてみる。


 視界一面が間欠泉のごとく噴き出した煙で埋まり、自分の手さえ見えなくなった。

 そしてそれが晴れたあとには元通りの頭頂が。


 刺したあと、のこぎりのようにごりごりと斬り進んでみたが、それでも広げた先から埋まってしまう。


 ドラゴンは静かに息をしていて、全く効いているようには見えなかった。


 はは。

 バカな。

 こんなバカなことがあってたまるか。


 即死の攻撃ですら、致命傷ですら、回復してしまうなんて。

 無敵かよ。


 これを実現しているのは、あの赤い球による魔力の供給だ。

 膨大な魔力を代償にした現象。


 水の性質を持つドラゴンが炎を操り、あっと言う間に回復する仕組みが、俺がリズに施したものと似ているのはわかっていた。

 魔力を吸い取り、それを変換する。


 だが俺のとは規模が違う。

 シャルム人間一人の魔力では到底実現しえない強力なものだ。


 やはりあの球を何とかしないといけないか。

 そう楽はさせてもらえないと。


 やれやれと頭を軽くかく。


 ならば、行きますか。


 頭の一番後ろに後ろ向きに立ち、すっと後ろに跳んだ。

 狙いを定める。


 すぅっと息を吸い――


「うりゃぁっっ!」


 体が赤い球と並ぶ直前、上段から一閃!


 が――


 ――剣はカキンとあっさり弾かれた。


 え?

 マジ?


 斬りながら落下の勢いを抑えようと目論んでいた俺は、弾かれた反動で背中から落ちた。


 手探りで破砕器を握るが、なんとかできる魔法陣はもうない。


「……がはっ!」


 何もできないまま、薄い防御のまま地に叩きつけられ、肺から空気が押し出された。

 体は小さくバウンドして転がった。

 

「痛ってぇ……」


 ああくっそ。

 なんで俺がこんな目に。


 頭を強打したせいで、眩暈めまいがする。


 さっさと逃げときゃよかった。


 シャルムにあんな大口を叩いておきながら、実際はこんなに無様だ。


 風の魔術で勢いを殺すこともできない。

 咄嗟とっさに防御をかけることもできない。


 回復の魔法陣を使って痛みを和らげ、よろよろと立ち上がった。


 ドラゴンの傷はもうほとんど治っている。

 次の回復を誘う余裕はない。


 おそらくこれが最後。


 だというのに、この剣でも切れないあの球を、どうやって破壊するのか見当もつかない。


 間近で見た球の周りには、帯状の文様が三本、くるくると回りながら巻き付いていた。描かれていたのは通常の魔法陣と同じ文字。


 原則平面に描かなければならない魔法陣だが、球面に描いても作動することはわかっている。認証の魔石に使われている技術だ。


 しかし、一つの物体に対して、複数の魔法陣を重ねる技術は確立されていない……はず。


 三本の魔法陣。

 読む余裕はなかったが、恐らく、魔力の強制引き出し、回復自動発動、そして球自体の防御だろう。


 あの魔力量で防御したんじゃ、この剣で通らないのも納得だ。


 今更気づくのも間抜けな話だな。


 ほんと、厄介なものを作ってくれたもんだ。


 勝機があるとすれば、剣が弾かれたときに球もわずかに弾かれたこと。


 押してだめならさらに押せ。ってか。


 どうせ悩んでる暇なんてないんだ。


 俺はボロボロの体にむち打って、もう一度跳んだ。

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