第57話 魔法

「準備ができました。障壁を張ったらこちらに来てください」


 詠唱はもうすぐ終わりそうだ。最後の節に入っている。


 俺はリズの剣を拾って汚れを拭き落とした。


 シャルムが障壁を張り終えた。

 真剣な顔をしている。


「両手が血で汚れているなら、それを落としてください。できればきれいに舐めとった方がいいです」


 シャルムは一度ローブで手をこすると、泥だらけのその手に、躊躇ちゅうちょなく舌をわせた。


 ペッと唾を吐き、ぐいっと口元を拭うと濡れた手をこちらに向けた。


「これで死ぬかもしれません。それでもやりますか? たとえ生き残ってもどうせ殺しますが」

「構わない」

「ちなみに、魔力補給剤は持っていますか?」

「いや」


 だろうな。

 銀髪に補給剤が必要だとは思えない。


「魔力を込めないように注意して、手をこことここに」


 鳩尾みぞおちとへその下に平行に手を置かせた。


「魔力を込めて下さい」

「ぐぅっ」


 途端、ずんっと何かに上から押さえつけられるように、シャルムの体が硬直した。


 すぐにリズの傷口から白い煙が出始める。他の位置からも細く上っていく。


「魔力を生命力に変換しています。枯渇したら生命力を引き出すようになっていますから、頑張って下さいね」


 何も言えなくなったシャルムを尻目に、俺はリズの剣を掲げた。

 おそらく主成分はダマ鋼。魔力伝達率は高くないが、選択肢は他にない。俺の剣はドラゴンに刺さったままなのだから。


 ドラゴンは離れて体当たりをしたりと攻撃を繰り返しているが、障壁はまだもちそうだ。もってくれないと困る。


 血が固まりつつある左手の傷をナイフで開き、その血で刀身に文字をえがいていく。


 今度は早い。えがき慣れているから。今まで何度もえがいてきた。


 いつもの魔法陣でければいいのだが、俺はまだその術式を作れないでいる。


 えがき終えた剣を、リズに生命力を与えているシャルムの両手に乗せた。

 シャルムは突然目の前に出てきた剣に驚いて顔をあげようとしたが、体にかかる圧がそれを許さなかった。


 リズの鎖骨のれや細かな擦り傷なんかはもうきれいに治っていて、右脇腹の傷も少しずつ癒えている。


 剣は――正確にはえがかれた文字はシャルムからあふれた魔力を吸って、を告げる。


 えがかれた文字に従って、刀身が黒い光を帯び始めたのを見て、剣を引き戻した。


 文字は光らない。普通の魔法陣とは違い、えがかれただけでされるのだから。


 剣がまとった光は黒炎とも見紛みまがうほどに大きく揺らめいたあと、よくよく見ればふちが黒いかもしれないくらいに落ち着いた。


 右手の破砕器で魔法陣を起動していく。障壁から防御や感知まで、持っている分を一通り。

 すっからかんになろうが構いやしない。


 魔石の補充は要らないな。使いきるほどの魔法陣はもう残っていない。


「それが終わっても逃げないでくださいね」

「そんな、こと、する、ものか……」


 歯を食いしばってシャルムが答えた。まだ魔力は尽きていないようだ。

 銀髪の魔力は底無しと言われるのも納得だ。


 右手には剣を、左手には満タンの破砕器を握り、ドーム型の障壁から右に飛び出した。

 剣が通り抜けた際に、パリンと障壁が壊れる。


 すかさず魔法陣を起動して障壁を数枚張り直す。


 ドラゴンは俺をターゲットと定め、体の向きを変えた。


 反撃開始だ。

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