第52話 合流

 ドラゴンと戦う憲兵たちのもとへ向かっているリズを追いかける。 


「シャルム、そんなにしがみつかないで下さい。ちゃんとリズの所に行きますから」

「リズが、リズが……」

「まだ何も起こってませんから。それより援護を」

「そう、だな」


 シャルムはローブの袖口でぐっと涙をぬぐうと、呪文を唱え始めた。


「いえ、そんな大がかりな回復魔術じゃなくてですね、それだと終わる前に着いちゃいますし、備えるのは大事ですけどね、魔石もあるわけですし、どっちかっていうと、障壁とか、遠距離攻撃とかの方がいいと思いますよ」

「……」


 シャルムは一瞬黙ってから別の呪文を唱え始めた。大きな障壁を作り出すつもりらしい。


 リズがドラゴンの所にたどり着いた。

 後ろ向きになっているシャルムには黙っておく。


 腕の光環はあと一本。


 だがそれはもはや意味をなさない。

 見捨てる勇気がなくて追いかけては来たものの、ここから先のプランは何もないのだ。倒すにしろ逃げるにしろ、成功する算段がつけられない。


 でも。

 俺は、ここでは死ねない。

 いざとなれば二人を――。


 ドラゴンはもう目の前だ。


 ドラゴンは、俺たちから見て左にいるリズたちに気をとられて下を向いていて、こちらには気がついていない。


 せっかくの不意打ちのチャンス、無駄にしてたまるか。


「しっかりつかまっていて下さいねっ」


 シャルムを左腕だけで抱え直し、右手でトリガーを弾いた。


 跳躍。跳躍。


「!!!」


 悲鳴を押し殺し、シャルムが首にがっしりとしがみついてくる。


 ちょ、息、息がっ!

 つかまっていろって言ったのは俺だけど……!


 しかしシャルムも必死なのだろう。

 声を上げてしまえば魔術が台無しになる。


 最高到達点で体を水平に。


 シャルムから両手を離して破砕器を持ち、二回ずつ弾く。


 ドラゴンを飛び越えながら、下に見える長い首、特に顔のすぐ下にはまっている赤い球に向かって、水の塊が四つ飛んでいった。


 シャルムを抱え直し、勢いに任せてドラゴンの向こう側に到達したところで、くるりと宙で一回転して着地した。


 向き直るより早く、くたりと力を抜きかけたシャルムの体が緊張し、魔術が放たれた。吹き付けられた炎が障壁に沿って広がり、まるで炎でできた壁のようになった。


 チッと聞こえてきた舌打ちは、リズのために唱えていたのにという不満からじゃないだろうな、まさか。


 シャルムを下ろして背にかばい、大きめのダガーを両手に構える。

 が、ドラゴンはリズたちの方を向いたままで、こちらへの攻撃は牽制けんせいにすぎなかったようだ。


 攻撃が来ないと見るや、シャルムが背後から飛び出した。

 仕方なく俺も後を追ってリズの横に並んだ。


 憲兵たちの実力次第なところではあるが、リズ一人でしのぎ切れるほどヤワな敵ではない。


「なんで来たんだ! お前に託したんだぞ!? シャルまで連れて来やがって」

「俺は逃げたかったんですけど、シャルムが飛び出してしまったもので。パースへの伝言は頼んできました」


 俺の言いたいことが伝わったとして、状況が変わるわけでもないけれど、むしろ絶望に染まるだけだと思うのだけれど、炎対策くらいはできるだろう。


「今からでも遅くねぇから逃げろ」

「嫌だ。リズが逃げないなら僕も逃げない」

「……というわけなんですよ」


 ドラゴンの爪がリズを襲う。

 リズはそれを体を沈めてかわし、頭上を通り抜けた前脚を立ち上がる勢いで切りつけた。そこに憲兵たちの追い打ちが続く。


 ブシュッと血が噴き出す。


 鱗ははがれつつあり、傷をつけやすくなっていた。

 しかし表面を薄く切る程度でしかなく、致命傷には程遠い。


 ガアアァッ


 上空に無数の炎の槍が出現した。

 

 障壁。障壁。


 頭上に張った障壁以外の部分に炎の雨が落ちていく。炎はその場でボォと一度大きく燃え盛ってから消えた。

 下からの熱風で肌を焼かれ、先程からずっと炎にさらされ続けた皮膚は赤くなり、痛みを発し始めていた。


「ぐぅわぁぁ!」

「くぅっ!」


 剣を持った憲兵の掲げた魔石の障壁が壊れ、そばにいた魔術師が二人にかけていた障壁もあっけなく霧散し、憲兵たちは全身に炎を受けていた。ごろごろと転がり、やがて動かなくなる。

 あっと言う間に炭になった指先がボロリと崩れた。


 リズとシャルムが魔石を投げ、シャルムが回復魔術を唱えるも、すでにこときれているのは明白だった。


「こんの野郎ぉぉっっ」


 リズがカァッと顔を赤くして、がむしゃらにドラゴンに突っ込んでいった。


「シャルム、胸元の剣を狙ってください!」


 右前脚の攻撃を急停止でかわし、左前脚の攻撃はかがんでやり過ごし、ドラゴンの下腹部へ切りつける。

 残った鱗にぶつかってギリギリと音が鳴り、勢いが殺されてしまって、やはり皮膚までしか刃が通らない。


 後ろに飛び退すさったリズを、ドラゴンの後ろ脚が襲う。


 上がった後ろ脚に魔術師が攻撃し、俺の剣にシャルムが特大の雷をお見舞いした。


 ドラゴンはたたらを踏んで二歩後ろに下がった。後傾した体を尻尾で支えて持ち直す。


 その間にリズは間合いの外に出た。


「危ない!」


 剣を構えなおしたところに火柱が上がった。

 リズはサイドステップでそれを避けた。


 しかし続いて火柱が上がる。

 それはリズだけではなく、俺達全員を狙ったもので、俺は一番動けないシャルムを抱えて勘に従って逃げた。


「っつぅっ!」


 逃げ遅れた左足が炎の直撃を食らった。


 脳天まで痛みが走り抜け、目の前がちかちかした。

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