第49話 球

 俺の叫びで、リズが大きく後ろに下がった。手には魔法陣を構え、いつでも起動できるようにしている。

 シャルムは下がりながら、呪文を唱え始めた。おそらくこちらも障壁だ。


 一拍も置かずに、ドラゴンの腹から赤い光が発せられた。

 幾筋ものその光はでたらめな方向に伸びていて、地や木々やドラゴンまでもを貫いていた。

 リズとシャルムはそれをけるようにさらに下がったが、光が当たったところに何か変化が訪れることもなく、ただ光が出ているだけだった。


 俺は魔石を拾い上げ、左わき腹に当てながら、よろよろと立ち上がった。


「急いで! もう読めました! 退きます!」


 はっとした顔をして、リズとシャルムが駆けてきた。


「なにが起こるってんだよ?」

「いいから早く! 逃げないと!」

「わかった。とりあえず戻ろう」

「シャルム、リズとシャルムの分の補助をお願いします」


 シャルムは小さくうなずいて呪文を唱え始めた。


「先に行ってください!」

「お前はどうすんだよ!?」

「すぐに追いかけます」

「傷は!」

「もう痛みはありません。大丈夫です。二人を逃がすための捨て石になる気はありませんから」


 逡巡しゅんじゅんしているリズの横で、シャルムはもう一度頷き、走り出した。走りながら唱えるのは大変だろうが、頑張ってもらうしかない。


 俺は折りたたまれた魔法陣を取り出し、素早く広げると、地に敷いて、その上に降り立った。


 トリガーを五回、立て続けにはじく。

 俺の誘導に従って、魔石からあふれた魔力が魔法陣に流れていく。

 外側の円をなぞるようにぐるりと回すイメージで、魔法陣に魔力を満たす。


 よし。起動したっ!


 魔術をかけたときと同じような、むずむずとした感覚が、間髪入れずに襲ってきた。


 広域持続障壁。狭域持続障壁。狭域持続障壁。狭域持続障壁。防御――


 補助魔法がかかっていく間に、左右の破砕機に魔石の欠片を一つずつ充填していく。


 ドラゴンの腹の光が、ゆっくりと登り始めた。ドラゴンは空を向いたまま動こうとしない。


 まずい。

 早く。早く。


 防御。防御。防御。防御。推進――


 魔石の充填が終わった。

 魔法の方がまだ終わらない。


 身体強化。身体強化。感覚強化――


 光が首元に差し掛かると赤いものが見え始めた。首の細さに収まりきらず、はみ出したかのように。

 首が細くなっていくにつれて、はみ出した部分は大きくなっていき、それが球状であることがわかり、頭の真下で静止したときには、頭と首を球体が分断しているような様相になった。


 ――遠視。暗視。持続跳躍。


 最後にしゅるっと三本の光環が左腕に巻き付き、魔法陣の光は消えた。


 同じく、強く光っていた赤い球は急速に光を失っていった。

 真上を向いていたドラゴンの頭が、ゆっくりと下りてきて、閉じられた目が開――


 やばっ!


 目が開ききる直前、俺は横に飛んだ。


 ゴウゥォ!


 いままでいた場所に、大きな火柱が上がっていた。

 熱風で火傷やけどしそうな勢いだ。


「あっ」


 ぶねぇっっ!!


 補助魔法が間に合わなかったら直撃していた。

 いや、避けるとかの前に、息を吸い込んだ音を聞き逃していただろう。

 鳴き声を上げずに魔術を放ってくるのは、喉を鳴らす程度で十分ってことなのか。


 次の兆候を見逃すまいと、ドラゴンを見る。

 木々の間でじっとしたまま動かない。


 喉元の赤い球体は、魔石のように透き通っていて、中に何かが入っているのが見える。

 水の性質をもつドラゴンが、火の魔術を使えている理由。

 魔法陣の記述に従えば、あれは、この国にはいないはずの――


 チリッと首元に嫌な痛みが走った。


「くっ」


 後ろに大きく跳ぶ。

 木々を越える高さまで。


 途端に下で爆発が起き、爆風で大きくあおられた。


 体勢を整えて、木の枝の上に降り立った次の瞬間には、目の前に炎の球があった。


 咄嗟とっさに顔を両腕でかばう。

 炎の球は、狭域持続障壁を二枚破壊して、消え去った。


 勢いに押されて枝から落下するが、着地地点には当然攻撃が来ている。

 足元で爆発が起き、体はまた宙を舞う。三枚目の狭域持続障壁が砕かれた。


 くそっ。


 予備の狭域持続障壁を二枚起動させた。

 魔法陣の枚数には限りがある。使い切ってしまえば終わりだ。


 左腕のリングが一本消えた。あと二本。


 リズとシャルムは十分離れただろうか。

 そろそろ俺も行かないと。


 再び木の枝に降り立ち、攻撃が来る前に飛び降りた。

 破砕機を両手に持って、ドラゴンに向かって走る。


 まずは推進だ。


 パチン。


 二枚目の推進で、体が一気に加速する。もう一枚、行けるか。


 パチン。


 後ろで火柱が上がった。


 目の前から火球が飛んでくる。


 パチンパチンパチンパチン。


 障壁で防ぎ、生じた熱風を潜り抜ける。


 これだけ近づけば行けるだろ。好都合なことに、炎の攻撃で邪魔な木は燃え尽き、ドラゴンまで一直線に開けている。

 急停止して、素早くトリガーを三回弾く。


 パチンパチンパチン。


 魔法陣が起動し、目の前の空間が大きく膨れた。

 木々を押し出し、ゆらゆらと揺らめいている。

 現れたのは、なんてことはない。ただの巨大な空気の塊だ。 


 それがきゅううぅぅっと一気に圧縮されていく。


 トリガーを腰に仕舞い、両手で剣を握る。


 五、四、三、


「いっけぇえぇぇぇっっっ!」


 二、


 俺は、圧縮された空気の塊を、剣で打ち抜いた。


 一、


 ひゅぅんっと音を立てて飛んだそれは、ドラゴンにぶち当たる直前、魔法陣に記述された通りのタイミングで、解き放たれた。

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