第48話 回復

 防御に構えた左腕ごとボキボキリと嫌な音がして、その痛みが訪れる前にすぐそばの木に当たって、力んで詰めていた息が肺から押し出された。


「ぅうあああぁぁぁっ!」


 ドサリと地に落ちたあとに、一気に痛みが襲ってきて、悲鳴を上げる。左腕が変な方向に曲がっていた。肋骨が肺にささったのか、息をするだけで痛いし、空気が上手く吸えない。


 痛い。痛い。


 木が僅かにしなったことが幸いし、右側の肋骨ろっこつは折れていなかったが、左だけで頭がしびれそうなほど痛い。


 油断した。補助魔術のない状態で、木の幹をへし折るほどの打撃を受けてしまった。背骨が砕けてもおかしくない。

 いつもなら吹っ飛ぶくらいで済んだのに。


 痛い痛い痛い。


 身じろぎするだけで痛くてどうにかなりそうだったが、うつ伏せになった体の下にあった右腕を何とか引っ張りだした。腰から破砕機を抜き取る。


 痛い痛い。


 まず回復。この痛みを何とかしないと。

 動けないどころか気絶しそうだ。


 痛い痛い痛い痛い。


 パチンとレバーを弾く。


 魔石が砕かれてキィンと高い音が鳴る。


 しかし何も起きない。


 くそっ。


 集中だ集中。


 一瞬だけ。起動する一瞬だけ。


 拡散していく意識を、無理やりかき集めて、再び弾く。


 ふわっと空気が柔らかくなり、痛んでいるところがじんわり温かくなった。


 うまく起動できたようだ。


 ああしかし痛い。痛い。

 傷口をぐさぐさと刺されるような鋭い痛みが、傷口を拳でぐいっと押されるような痛みに変わっただけで、痛いものは痛い。


 叫びたいところをぐっとこらえる。喚き散らせば楽になりそうな気になるが、絶対その方が痛い。


 もう一枚。もう一枚重ね掛け。

 ああ駄目か魔法陣じゃ回復は重ならない。


 痛い痛い痛い痛い痛い。


 すると、ふしゅぅぅと生暖かく生臭い風が髪を揺らした。


 痛みに耐えようと歯を食いしばってぎゅううぅぅっと堅く閉ざしていた目を、薄く開ける。


 目の前には鋭いかぎ爪。

 黒くて光沢があり、少し傷がついている。

 その根元から向こうは細かい鱗が広がっていた。半透明の青白い色で魔石のような質感だ。


 再び、ふしゅうぅと髪に風が当たった。


 目だけを上に上げれば、大きな歯が並んだ口があった。

 細く鋭い歯が隙間なくみっしりと生えている。


 痛みはまだ引かない。

 逃げるのは無理だ。


 がばっとドラゴンが口を開けた。

 

 パチンと弾いて、タイミングよく、障壁を展開。

 顔を近づけたドラゴンはゴンッと障壁に頭をぶつけた。

 

 なんだこれとばかりにゴンゴンと頭をぶつけるドラゴン。


 その時、顔の横に、ころんと石が飛んできた。全体が青くて、中心が光っている。

 そこからじんわりと力が注ぎ込まれてくるような感覚がした。

 回復魔術が封入された魔石だ。


 ドラゴンが気をそらし、魔石が飛んできた方を見た。


「んあぁぁぁぁっっ!」


 リズが雄叫びを上げながら突進してきて、その顔を狙って剣を振った。

 しかし、ひょいっと避けられてしまう。


 前脚の鋭い一撃がリズを襲った。

 リズはそれをバックステップでかわした。


 何かがわき腹に触れた。

 温かいものが流れてくる。


「大丈夫か?」


 シャルムだった。

 体の中でごりごり何かが動いているような感触がする。


「はい。痛みはだいぶ薄れてきました」

「そうか」

「すみません。ヘマしました」

「黙ってろ。回復中はできるだけ動かない方がいい」


 地面から、ずしんどしんと振動が伝わってくる。

 リズがドラゴンを惹きつけてくれている。


「あの、僕は大丈夫ですから、リズを……」

「この距離で魔術を使っても何も起こらないということは、魔術で攻撃しても平気そうだな」

「はい」

「よし」


 シャルムは、呪文を唱え始めた。


 その気配を感じ取ったのか、ドラゴンがこっちを向いた。

 後ろからリズが脚に切りつけているが、鱗に守られているからか、気にもとめていない。


 シャルムの頭上に向かって右前脚が伸びる。


 俺が障壁を起動しようとしたとき、シャルムが魔法陣で障壁を出現させた。

 口はまだ呪文を唱え続けている。


 障壁が消えた直後、シャルムの魔術が発動した。


 ドラゴンの上に火が現れ、雨のように降り注いでいく。

 火に当たった鱗には、ぴしりと音を立ててヒビが入った。


 ドラゴンは鬱陶しそうに首を振っていたが、リズがひび割れた部分を狙うと、ぐさっと刃が突き通った。


 ギャオォォッッ!


 大した傷ではないが、相当痛かったのだろう。リズを狙ってでたらめに前脚を振るう。

 リズはそのことごとくをかわしていた。


 シャルムは次の詠唱に入っている。


 少し動けるようになった俺は、仰向けになって、魔法陣を観察し始めた。

 ドラゴンの頭が激しく揺れるせいで読み取るのが難しい。光の残像が混ざってぼんやりしているのもわかりにくくしている要因だった。


 遠視を起動し、細かい字でびっしりと描かれたそれを、なんとか目で追っていく。

 スタンダードな描き方で、解読するのはさほど難しくなかった。


 効果は強化系ばかり。錯乱も入っている。


 起動条件は? 感知……? いや、違うな。初期起動のみか? ……それも違うな。なんだこれ。


 もうちょい。もうちょいだ。あっち向け。

 

 タイミングよく、ドラゴンが向こうを向いた。

 隠れていた部分がさらけ出され――


 はっと見たドラゴンの腹。

 刻まれていた文様が、ふわりと宙に解けた。


 俺は痛みも忘れて起き上がって叫んだ。


「逃げろぉぉぉっっっ!!!」

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