第四章 女王陛下

第32話 手紙

 『こんな子どもに何が出来る』

 『魔力ゼロの魔術師とは笑わせる』

 『どうやって取り入ったんだ? 奉仕でもしたか?』

 『魔法陣研究班? ああ、あのごく潰しの。貴様にはお似合いだ』

 『部門長は近頃小姓にご執心のようで』

 『お前のような黒髪がうろうろすると魔術研究院の権威が失墜する。失せろ』

 『こんな簡単なこともできないのか?』

 『これだからあの女を部門長に据えるのに反対したんだ』

 『できそこないめ』

 

 魔法陣を描いている横で、ガンガンと雑音が鳴り響く。

 うるさい。うるさい。うるさい。

 師匠を悪く言うな。黒髪だからなんだ。魔力がないからなんだ。絶対にお前らを見返してやる。邪魔をするな。いつか師匠に――



 はっと目が覚めると、部屋のドアが、ドコドコドコドコと太鼓のような音を出していた。


「ノト! 起きろ! 起きろ!」


 シャルムの声だ。

 悪夢はこれのせいか。


「くそっ! ……こんなもの! 吹っ飛ばしてやるっ!」


 叩く音がなくなったと同時に、つむがれていく魔術。

 美しい声。明瞭な発音。歌うような抑揚。

 うーん。上手いなあ。さすがだ。


「って、ちょっと待てーい!」


 俺はベッドの上から転げ落ちた。


「起きてます! 起きましたからっ! 今開けます!」


 シャルムの詠唱が止まった。その代わり、ドカッと一際ひときわ大きな音がした。これは蹴りか?


「どうしたんです? こんな時間に大声出したら他のお客さんに迷惑ですよ。とりあえず入ってください」

「リズはいるか!?」

「いるわけないでしょう。こんな早朝に」


 いたら朝チュンじゃないか。

 ふわああとあくびをする。


「リズがいないんだ!」

「トイレじゃないですか?」

「布団が冷たかった。待っていても戻ってこない」

「ならいつものアレじゃないですか?」

「昨日の今日で行くわけないだろ!?」

「それもそうですね」


 眠くて頭が働かない。


「早く探さないと! その前に憲兵に通報か!?」


 慌てふためくシャルムの後ろで、突然ドアがギイと開いた。


「朝っぱらからうるっせぇなぁ。廊下まで響いてんぞ。ちったあ他人ひとのことも――」

「リズ! どこ行ってたんだ!?」

「眠れねぇから下で剣振ってた」


 ほらよ、とリズが剣を見せる。


「あ? 心配させたか? そりゃすまん。まさか起こす前にシャルが起きるとは思わなくてよ」

「よかった……」


 シャルムが心底ほっとした声を出した。


「あのう」


 ふわあああと再びのあくび。


「無事見つかったことですし、もう一眠りしませんか」




 朝食時、シャルムはずっと、俺がリズを心配していなかったとか冷たい男だとか散々言っていて、かなりご立腹のご様子だった。


 敷地内だからといって、書き置きもせずに外に出たリズが悪い。

 それを言うとシャルムの怒りに油を注ぎそうだったから、眠気のせいにしたけれど。


 朝食後、三人で協会に行った。今日のウールート行き馬車の中で最も信頼できる御者を紹介してもらうためだ。昨日は当日にならないとわからないと断られた。

 心配なら貸切馬車にすればいいのに、シャルムは頑として譲らなかった。


「あ! 特審官さま! お探ししておりました!」


 協会の角を曲がったところで、俺たちはリンカさんに捕まった。リンカさんはとても慌てていて、口調もきっぱりはっきりしていた。


「さ、早く中へ」


 促されるままに協会に入ったシャルムとリズは、引き継いだ職員に連れられて、階段を上がって行った。


「なんかあったの?」


 一人階下に残された俺は、入口でぐったりとしているリンカさんに声をかけた。


「もぉ、ノトったら、なんで最初に来たときにあの子が特審官だって教えてくれなかったのぉ? 私すごく失礼なこと言っちゃったじゃない」

「特審官さまは気にしてないから大丈夫だよ」

「ほんとにぃ? あとでお叱りを受けたりしない?」

「しないしない。それより、何があったか聞かせて」


 リンカさんはまだ納得がいかないような顔をしていたけれど、渋々口を開いた。


「それがねぇ、詳しくは知らないんだけど、特審官にお手紙が来たようなのよぉ。とにかく協会中が大騒ぎになっちゃってぇ。特審官を探せぇって。憲兵にも応援を頼んだみたい。宿も確認したんだけど、見つからなかったのよねぇ」


 きっと高級宿ばかり探したんだろう。まさか普通の宿の普通の部屋に宿泊しているとは思わないよな。


「朝に届くなんて、よっぽど緊急だったんだ?」

「出発前で良かったわぁ。まわりの街には悪いけど、見つかったって連絡入るまでずっと捜索しなきゃでしょぉ。ウールートに行ったらしいですよぉ、なんて他人ひと事にはできないし」

「俺、それに巻き込まれてここまで探しに来たことあるよ。全然違うところにいたらしいけど」

「災難だったわねぇ。……そうだ、ノトにも来てたわよぉ。ちょっと待ってねぇ」


 リンカさんは、他にも客がいるのに、受付カウンター越しに身を乗り出してごそごそとやって、一通の手紙を引っ張り出した。


「行き先が同じだったから、一緒に持ってきてくれたのねぇ。ウールートにも同じものが行ってるだろうけど、ラッキーだったわねぇ」

「誰からだろう? 差出人の名前がない」

「ノト!」


 封を切ろうとしたとき、階段の上からリズの声が降ってきた。


「上がってこい」

「え? 俺もですか?」

「なになにぃ? なんかやったのぉ?」

「何もしてないよっ。仕事の話じゃない?」

「えぇ? ノトも審査のお仕事ぉ?」

「わざわざ上で話すようなことはないと思うんだけど……」


 魔法陣絡みだろうか?


「早く!」


 リズが待てないとばかりに声を張り上げた。


「はいはい。行きますよ」


 リンカさんは、がんばってねぇと、肉になるべく運ばれていくイイリスを見るような目で見送ってくれた。

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