第29話 空

「探せるのかよ……。ならなんでさっさとやらねぇんだ」

「あまり色々できるところを見せたくなくて」

「あのなぁ……」


 リズが自分の額に手を当てた。


「今までもあたしたちに見せてただろうが。最初のローブの洗浄も、宿屋での花びらも、簡単にできるもんじゃねぇんだろ?」

「まあ、そうなんですけどね。その辺はどうせ依頼でよく描いているんで、調べればわかることというか。協会でも公認のことですし」

「その辺の基準がわかんねぇよ。とにかくあたしたちは口外しねぇからさっさとやってくれ。な、シャル?」

「……」


 シャルムはふいっと横を向いた。


「シャル、ノトを連れてけっつったのは会長なんだぞ。それでも信じられねぇのか?」

「そんなことはない、が……」

「会長はノトの魔法陣のこと、知ってんだろ?」

「大体は。研究班を率いていたのはあの人ですし」

「ほらな、シャル。いい加減機嫌直せよ。な?」


 リズがシャルムの頭に手を乗せた。


「わかった」


 シャルムがようやくリズから離れ、立ち上がった。その手を取って、リズが立ち上がる。

 そして胸に右手をあて、シャルムは大きく一度深呼吸をした。


「ノト、早く街道を見つけて来い。僕らは急いでいる。腹も減ったしな」


 りんとしたたたずまい。きっぱりとした声。

 ようやくいつものシャルムに戻った。


「少々お待ちを」


 俺は再回収しておいた背負い袋の中から紙と筆と板、そして赤いインクの入った瓶と空き瓶を取り出した。


「地面に描くんじゃねぇのか?」

「ここじゃスペースが足りないので。インク使った方が安定しますしね」


 空き瓶にインクを少し移し、自分の指を少し切って、瓶に血を一滴落とした。


 板を下敷きにさらさらと魔法陣を描いていく。

 演出エフェクトはなし。対象の指定は略式。現象を単純化。シャルムがいるから魔力の節約はなし。でも多すぎるとまずいので上限を設定。使い捨てだから強度は上げなくてよし。特殊文字も使って、描きやすさ優先。


「できました」


 紙をぱっと広げて魔法陣を見せた。


「相変わらず早い」

「見ても何にもわかんねぇけどな」


 俺は魔法陣を地に置いて、その上に立った。


「シャルム、お願いします」

「自分でできるんだろ」

「できますけど、どうやるかは秘密ですって」


 しぃっと、口に立てた人差し指をつける。


「シャル」

「リズはノトに甘すぎるんじゃないか?」


 頭を振りながらも、シャルムは杖を構えて陣の前に立った。


「魔力を注げばいいんだろ?」

「お願いします。危ないので、起動したら離れていて下さいね」


 俺は膝を曲げてややかがんだ体勢を取った。


「行くぞ」


 とん、とシャルムの杖の先が俺の足の間、魔法陣の中心に触れた。

 俺は、魔法陣が赤く光った瞬間を狙って、その場で跳ねた。


「うわぁっ」


 シャルムが驚いて飛びのいた。


 同時にびゅおぉぉっと風がなる音が聞こえ、数瞬後、俺は空の上、宙に浮かんでいた。髪や服がふわりとなびく。


 眼下には森が広がっていた。右はずっと先まで森、前方は川にぶつかっていて、左と後ろは外側が草原になっている。左斜め前方に街が見えた。


 あの街はアルトだろうか、それともウールートだろうか。方角的にはたぶんアルトなんだろうけど、地理苦手なんだよなあ。


 んで、街道は……っと。


 目の上に手を添えて眩しい太陽の光を遮りながら、森と草原の境目よりやや外側に目を凝らす。


 そうこうしている間に、ふわりと浮いていた感覚がなくなり、俺の体は落下し始めた。


 あれは……馬車か? ただの動物?


 落下しながらも、草原をじいっと見つめる。


 ああ、馬車だ。

 じゃあ、あの薄い線は街道か。


 再びびゅおぉぉっと風の音がして、俺はスタッと魔法陣の上に着地……せずに、下からの風にあおられ、バランスを崩して地面を転がった。


「ってて……」

「ノト!」


 慌てたシャルムとリズが駆け寄ってきた。


「大丈夫か?」


 差し出されたシャルムの手につかまって立ち上がる。


「はい。大丈夫です。あの風はシャルムが?」

「突然落下してきたから。もしかして、余計なことをしたか?」

「着地するまでの術でしたからね。でも、嬉しかったですよ。落下してからじゃ詠唱間に合わないですよね。跳んだときから用意していてくれたんでしょう?」

「そんなことは……」

「そうだよ。シャルもあたしも心配した。何やんのかちゃんと言ってけよ」

「そうですね。すみません」


 リズは眉間の間をぐりぐりと揉んだ。もういい加減にしてくれという感じで。


「で、街道は見つかったのか?」

「はい。ええと……」


 んん?

 どっちだ?


「……俺、どちらを向いて跳びました? まっすぐ左に行けば森を抜けて街道に出られるはずだったんですけど」

「左ってお前……」


 シャルムがはぁと大きくため息をついて、額を押さた。


「ノト、方角もわからないのか? 跳んだ向きから左と言うなら、あっちだ」


 すっと指が前方を示した。


「シャルム、すごいですね」

「お前がポンコツなだけだろ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます