第28話 師匠

「シャルム、起きて下さい」

「ん……」

「シャルム」

「っ! リズっ!」


 体を強く揺すると、シャルムが飛び起きた。そのまま前につんのめりながら、倒れているリズの元に駆け寄る。


「リズ! リズっ!!」


 必死の形相でシャルムはリズを揺さぶった。


「大丈夫ですよ」

「ノト! 貴様ぁっっ!!」

「気絶しているだけですから」

「気絶……?」


 シャルムの腕の中で、リズが身じろぎをした。


「シャル?」

「リズ……」

「おいおい、なんでツラだ。泣くなよ」

「う、泣いてなんか……っ」


 リズが片腕で体を支え、シャルムの顔に手を添えた。

 シャルムはたまりかねてリズの胸に顔をうずめた。その頭を、リズは優しくなでてやる。弟をなだめる姉のような、子どもを慈しむ母親のような、愛情に満ちた表情をしていた。


「ノト」


 そのままの体勢で、リズがキツイ目をこちらに向けてにらんだ。


「きっちり説明してもらおうか」

「あー……」


 俺は頭の後ろをかきながら言いよどんだ。


「全員死ぬっていうのは嘘で、昏倒させただけです」

「敵は? 見逃したんか?」


 リズが周りを見回した。そこには俺たち三人しかいない。

 

「殺しました」


 リズにしがみつきながら、びくっとシャルムが硬直したのが見て取れた。


「死体は?」

「燃やしました」


 リズが真っ直ぐにこちらを見ている。射殺されそうな、強い視線だ。


「魔力がねぇんじゃなかったのか? それも嘘か」

「魔力は、ありません。ただ……魔法陣を起動する方法は、あります」

「どんな?」

「……言えません」


 俺は目を伏せた。


「あの魔法陣は何だ」

「動きを縛り、昏倒させます」

「違ぇよ。んなことが聞きてぇんじゃねぇ。わかってんだろうが。あんな魔法陣があるなんざ聞いたことがねぇんだ。あれはなんだ」

「俺の……オリジナルです」


 はぁ、とリズがため息をついた。


「シャルがいるから言えねぇのか?」


 ばっとシャルムが顔を上げてこちらを見た。

 ほおは涙で濡れ、銀髪が貼りついている。緑色の目に涙がたまっていて、白目の部分が真っ赤だった。瞳は疑心と恐怖に揺れていて、シャルムにそんな目で見られるのは胸が痛い。


「それは……そうですね。それもあります。特審官には知られたくなかったですし、これ以上聞かれると、しなくちゃいけなくなる」


 シャルムの顔がゆがんだ。


「でも、一番の理由は、これが俺の切り札だからです。黒髪は魔力が少ない。使えたとしてもたかが知れている。魔石さえ気をつけていれば魔術での攻撃はない。魔石を大量に持っているわけはなく、大規模な魔術が封入された魔石を持っているわけもない。相手はそうやって油断しています。そこで魔術を展開すれば動揺して隙ができる。ましてや戦闘で魔法陣が使われることなんてまず警戒していないでしょうから、不意を突くだけでも効果は大きいんです」


 今回は、罠として使われたけれど、滅多にあるもんじゃない。あれだって強い光を発するだけの単純なものだった。まともな魔法陣を描くことができる魔術師はそういないし、戦闘で使おうと思ったら、それなりに金をかけないといけない。魔石よりもずっと高くつく。


「実際あたしらも仰天させられた。魔力ゼロで起動もできねぇって聞いてたのもあったけどな」


 うーん。そんな目で見ないで欲しい。俺が悪いんだけど。


「なんであたしらを殺さなかった?」

「俺は……」


 言いたくない。が、これは言える。

 言えることは言うのがせめてもの誠意だ。


「師匠が怖いんです」


 苦笑混じりに言った。


「協会の会長か」


 シャルムが、リズの顔を見た。


「知ってましたか」

「まあな」

「騎士見習い試験に落ちたあと、故郷に帰るに帰れない俺を拾ってくれたんです。師匠は魔力のない希少な実験動物を手に入れたと喜んでいました。独立するまでの間、それはもう、こき使われましたよ。早朝から夜更けまで走り回って、言われたことは絶対で。だけど同時に、愛情もたくさんもらいました。俺は今でも、師匠には逆らえないんです。師匠が寄越したんなら、師匠が行けっていうなら、従うしかないんです。二人を殺してしまったら、師匠になんて言われるかと思うと、とてもじゃないけど怖くてできません」


 シャルムが視線を落とした。その手を、リズが優しくなでていた。


 言葉を続けるか迷った。だけど、これも言うべきなんだろう。

 

「それに、正直に言うと、俺は二人のことを気に入っているんです。しばらく一人でいて、誰かと旅に出るなんて久しぶりのことでした。まだたった数日の付き合いですけど、楽しかったんです。だから、俺のせいでリズがナイフを突きつけられていて、シャルムが連れて行かれるとわかったら、思わず使っちゃったんですよね、あれ」


 ははは……と弱々しく笑った。


 はぁ、とリズがまたため息をついた。


「知られたくない切り札を思わずで使うんじゃねぇよ」

「ですよね。しかもかなり怒っていたので、情報聞き出す前に殺しちゃいました。魔法陣を描くことを隠してはいないんですが、今までこんな風に狙われることってなかったんで、聞いておくべきでしたね」


 仕方ないな、とリズは肩をすくめた。


「僕はこのことを協会に報告するぞ!」


 シャルムがキッと俺をにらんだ。


「シャル、駄目だ」

「リズ!?」

「シャル」

「……わかった。リズが言うなら」


 それでいいのか。

 この二人の関係はやっぱり気になる。


「ここにいつまでもいるわけにもいかないので、そろそろ移動しませんか。バレてしまったので、俺が街道を探しますよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます