第27話 裏切り

 言い終わった直後、魔法陣はくるくると回りながら、上昇を始めた。膝から太ももへと上がっていく。


 唖然としていた七人が、我に返って動き始めた。


「な、なんだこれは!」

「足が、足が動かねぇ!」

「ノト! なんで僕たちまでっ!!」

「お、お前が魔法陣を描く魔術師なのか!? 早くこの術を解け! さもないとこの女を殺すぞっ」


 得体の知れないものが自分の周りに現れれば、反射的に逃げようとするのは当然だ。誰もが俺から離れる方向に動いた。

 しかし足は動かない。勢いで上体はかしぐが、膝より上が固定されてしまっていて、倒れることもなかった。


「手がっ!」


 倒れると思った反動で腕をばたつかせてしまった男の左手が、魔法陣に触れてしまったらしい。手もその場で固定され、不自然な体勢になっている。

 その様子を見た全員が、決して触れるまいと両腕を持ち上げた。


 そうしている間にも、紫色の円盤は、腰を過ぎ、腹へと差し掛かっていた。


「早く解け! 本当に女を殺すぞっ!」

「どうぞ」

「ノトっ!!」


 悲鳴のようなシャルムの声。

 背が低いため、魔法陣がもう肩の上まで来てしまっている。


「本気だぞ!? いいのか!?」

「好きにすればいい。どうせ魔法陣が頭の天辺に到達したら全員死ぬ。……俺以外は」

「やめろ! リ――」


 シャルムの口が固まった。


「この野郎おぉぉっっ!!」


 男の一人が剣をぶん投げてきたが、狙いを大きく外して、俺の横をすっ飛んで行った。

 

 絶望に染まったシャルムの目が、俺を見ている。瞬きもせず。


 やがてそれも魔法陣の下に沈み、ついにとぷんと頭が飲まれた瞬間、魔法陣による固定効果がなくなり、体がぐしゃりと地に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。

 その様子は、魔法陣越しによく見えた。


「うわあぁぁぁぁっっ!!!」


 一斉に男たちが悲鳴を上げた。


 リズは感情のない目で俺を見ていたが、やがて飲まれ、同様に崩れ落ちる。


「嫌だぁっ! 嫌だぁっ!」

「やめろぉっ!」


 男たちが次々に飲まれては倒れていく。

 術者である俺だけは術の影響を受けない。


 最後の一人が地面に伏すと、魔法陣は頭上でしばし停止した後、溶けるように消えた。


 動いているのは、俺と、敵の魔術師のみ。

 

 魔術師は、魔法陣が展開した瞬間に、誰よりも早く駆けだしていた。それが魔術師だからこその判断なのか、本能的な衝動だったのかはわからない。


 一番外側にいたのが幸いしたのだろう、魔法陣が上昇し始めた時には、外まであと一歩という所まで来ていた。

 しかし、踏みしめた左足と、地を蹴りくうにあった右足先が固定され、前に倒れ込んだ状態になった。胸から先がたまたま効果範囲外に露出し、そこだけ難を逃れたのだ。


 だから最初に地面に落ちたのは、本当はシャルムではなくこいつだ。魔術師は落下の衝撃で声を上げることなく、仲間が悲鳴を上げる中、一人だけ逃げようと、両腕だけでいずっていた。


 俺からはその一部始終がよく見えた。


「待てよ」


 った後を追いかけて背中を踏んづけた。


 魔術師が肩越しに振り向いた。

 その顔は恐怖に彩られている。まるで化け物でも見たかのような表情だ。


「こんなこと……できるはずがない……。こんな……こんな……」

「逃げようとしたのは褒めてやる。お前の魔術じゃどうにもならない。せっかく生き残ったんだから実験につきあってもらおうか」

「なにを……」


 俺はポケットから折りたたまれた紙を取り出した。広げて手のひら大のそれを魔術師に突きつける。


「魔法陣だ」

「そんなものが魔法陣なわけ……」

「証明してやる」


 俺はきびすを返して倒れたまま動かない別の男の一人に近寄り、体の上に載せた。

 魔術師はごろりと体を仰向けにし、ひじで上体を支える姿勢をとった。確認せずにいられないのは、魔術師のさがか。


「よく見てろよ」


 魔法陣を起動すると、男は一瞬にして青く激しい炎に包まれた。

 その炎が唐突にぱっと消えると、男の姿はどこにもなかった。その場に生えていた草には何の影響もない。


「な……!」


 魔術師は顔を凍りつかせたまま、腕でじりっと後ずさった。


「ま、魔術だろうっ! いや、魔石だ! 魔石を使ったんだっ!」

「信じたくないのならそれでもいい。次はお前の番だ。生きている人間に使ったことはないから、どうなるか楽しみだよ」

「や、やめろ……頼む、助けてくれ……」

「魔法陣師を探しているんだろう? 俺は見つかりたくないんだ」

「喋らないっ! 絶対に! 誰にも喋らないからっ、頼むっ! そ、そうだ、誰が探しているか気になるだろ!? 雇い主のことを話すっ!」

「話したいなら聞いてもいいが、話が終わったら殺す」

「そんな……!」


 俺は魔法陣をもう一枚取り出し、魔術師の腹の上にそっと置いた。


「やめろぉぉっ!」


 バシッと魔術師がそれを叩き落す。


「ま、いいけど」


 俺はそれを拾い上げて、魔術師の横に立った。

 冷ややかな目で男を見下ろす。


「これでも使える」

「やめ――」


 男は炎に包まれ、灰も残さず燃え尽きた。

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