第25話 森

「これ、本当に街道に続いてるんでしょうか?」


 あれから三度獣の襲撃を受けた。

 さっき倒した大きな鳥からは、これだけはどうしてもと頼み込んで、頭に生えた一本羽を回収した。逃げ足が速いからなかなか手に入らないレアものだ。


 で、草地にわずかに残るわだちをたどってきたわけだけれど、目の前にはなぜか森があった。


「森の中なんて通りました?」

「通っていない」

「じいさんが胸を押さえて苦しむふりをしていやがったから、街道を外れたことには気づかなかったけど、いくらなんでも森に入れば気づく」


 明らかに罠。


「でもま、行くしかねぇよな。これしか手がかりねぇし」

「そうですよね」

「行くぞ」



 森に入ってから、獣に襲われることが多くなった。というか、間断なく襲われている。

 そりゃそうだ。街が人間の縄張りであるように、ここは彼らの縄張りだ。誰だって自分の家に勝手に入ってこられたら怒るだろう。だから街道は森を通さずにわざわざ迂回して造られる。

 街から離れた森での討伐依頼なんて滅多に出ないし、入るとしたらよっぽどレアな素材を欲しがる奴だけだろう。俺みたいな。


 これだけ連続して戦うことになると、おちおち仕事もしていられない。ので、俺も戦闘に参加している。頭の中で魔法陣を構築しながら。


 たくさん傷をつけると商品価値が下がるとの教えが体に染みついているため、俺の戦い方は基本的に一撃必殺だ。


 木を盾にし、飛び上がって枝をつかんで避け、足技を使って打撃を与える。傷をつけるときはできるだけ顔を狙う。致命傷はできればのどに。

 ただし、この戦い方は一対多には向かない。

 リズもシャルムもそれを見抜いたのか、俺の力量を計り損ねているのか、単に俺をさぼらせたくないだけなのか、上手い具合に一頭ずつ寄越してくれた。


 オオカミ、イノシシ、六本足のウサギ。どれも緑色か茶色の保護色をまとっている。この森の特徴なのか、動きが素早い。


「ノト、腰にぶら下げてる自慢のブツは使わねぇのか?」

「リズ!」


 ニヤニヤ笑いながらリズが叫べば、シャルムの叱責が飛んだ。


 言い方がまぎらわしすぎる。


「森の中じゃ、リーチの短いナイフの方が使いやすいんです! 素早い相手にも! 両手が使えますしね!」


 と、そんな悠長なことを言っていられるのも、相手が弱いからこそ。


「でも、グドゥ相手には通用しませんね」


 木の陰から、二本足で立ちあがる巨大なクマが出てきた。大人の背でも肩まで届かないほどでかい。毛は不自然に赤く、この森で隠れる必要がない地位に君臨していることがうかがえる。

 周りの動物たちはみなあっと言う間に逃げ出していった。


 シャルムがおもむろに水球をぶつけた。しかしグドゥは平気そうな顔をしている。


「無駄です。あいつの毛皮は分厚くて、魔術での攻撃は無力化します」

「ありゃ、こっちからも来やがった」


 リズの方にもう一頭グドゥがのっそりと現れた。

 つがいだとしたら厄介だ。


 俺はナイフをしまって剣を抜き、さやを捨てた。

 シャルムが補助魔術をかけてくれるが、物理障壁など不要だ。よければいいのだから。


 立ったままぶんと風切り音をさせて横なぎに振られた右前脚の一撃を沈んで避け、立ち上がる勢いで腕の外側を斬りつける。


 グドゥはなんでもないような顔で今度は左前脚を振ってきた。

 それをバックステップでかわし、即座に踏み込んでまた外側を斬った。そのまま横に回り込んでわき腹を刺す。

 怒りの声を上げるグドゥ。


 前脚をついて四つんばいになった。

 よし。これなら頭に届く。


 今度は牙で攻撃しようとしてくる。噛まれたら骨ごと持っていかれるほど強力なあごだが、そんなヘマはしない。

 顔を斜めに傾けて前のめりに噛みつこうとしてきたので、低く飛び上がって水平方向に半回転し、首元の長い毛をつかんでグドゥの背中にしがみついた。


 痛てて。腹打った。


 グドゥは振り落そうと必死にもがくが、俺は両脚で体を締め付けて馬乗りになり、脳天に力いっぱい剣を突き刺した。さほど抵抗を感じることなく、ずぶりとあごまで貫通した。


 ググゥッと最期の声を上げて、グドゥはぐらりと倒れ――


「うわっ」


 ――俺は背から転げ落ちた。


「怪我は?」

「大丈夫です」

「リズも終わったようだ」


 見れば、リズは立ち上がったままのグドゥの心臓を一突きし、剣を引き抜いている所だった。


「いい剣じゃねぇか。グドゥの骨を貫くとは」

「その辺で売ってる普通の剣ですよ。シャルムが補助をかけてくれたんです」


 背にしがみついたとき、刀身が淡く光ったのが見えたのだ。


 グドゥが他の動物を蹴散らしてくれたお蔭で、一息つく余裕ができた。

 今のうちに投げたナイフを拾ったり、その辺に放っぽった荷物を取ってくる。


 のどを潤し、息もととのったところで、シャルムが口を開いた。


「そろそろか」

「ですね」

「だな。……よっと」


 リズが頭上にナイフを投げると、樹上でカキンッと音がして、ナイフが弾き飛ばされた。


 と同時に、五人の男たちが木から飛び降りてきた。

 ご丁寧に目以外に布を巻いて隠していて、髪の色も人相もわからない。プレートは身につけておらず、普段着のような格好で、武器は剣のみ。とはいえ、全員が剣士だと判断するのは早計だ。魔石を使うだろうし、増幅装置である杖がなくても魔術自体は使えるのだから。


「気配を消すならもっと上手くやるんだな。僕たちにグドゥをけしかけてやられるのを見物するつもりだったんだろうが、あいにくこちらはそこまでヤワじゃないし、次の襲撃を待つつもりもない」


 男たちは無言のまま、一斉に斬りかかってきた。

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