第24話 街の外

 待て待て。落ち着いて考えろ。

 次の締切は三日後だ。それまでに描いて、それまでに協会に出せればいい。何も今日街に着く必要はない。

 荷物はちゃんとある。

 どこで描くんだとか次の依頼はその翌日じゃなかったっけとか街ってどっちだとかはさておき、とりあえずまだ絶望する段階ではない。


「とりあえず、街道を見つけましょう。わだちをたどれば行けるはずですよね」

「意外に前向きじゃん。まぁた締切が~とか抜かすんじゃねぇかと思ったぜ」

「俺をなんだと思ってるんですか!?」

「「仕事中毒ワーカー・ホリック」」

「そんな、シャルムまで……」


 俺だって、食べていける分だけ働いて、余った時間をのんびり過ごしたいと思っている。


「ま、街の外こんなところに放っぽり出されて前向きでいれんなら上出来だ」

「女王陛下のご加護がなくても、特別審査官様と特級剣士様がいますからね。不安はありません」

「女王陛下のご加護がなくても……ねぇ。そうまで言われちゃやるしかねぇな。あたしたちが守ってやんよ」


 リズが剣をするりと抜き、さやを捨てた。刀身には血を拭き取ったあとが見てとれて、生々しい。


「リズ、来たぞ」

「わぁってるって」


 リズはヒップバッグを、シャルムは肩掛け鞄をどさりと落とす。

 視線の先には、草色の保護色をまとった狼、スラグの群れがいた。


「じゃ、俺は仕事してますんで、よろしくお願いしますね」

「ノト……」

「……ほんっとブレねぇな」


 あきれた二人の顔は、とても頼もしかった。




 二人はめちゃくちゃ強かった。というか、戦い方がむちゃくちゃだった。


 まだ遠くにいるうちにシャルムが炎球をぶっ放して蹴散らし、近づいてきたスラグを雷のムチでしびれさせ、それにリズがトドメを刺す。

 かと思えば、シャルムは接近したスラグの顔面に超近距離で炎槍をぶつけ、燃えながら倒れたところに下から土槍を刺して追い打ち。

 リズは複数のスラグに囲まれても難なく剣を振り回し、牙や爪の攻撃をかわしながら次々にほふっていく。顔には笑みさえ浮かぶほどの余裕っぷりだ。


 オゥンと一声鳴いて、一頭が土槍を顔の前に展開させた。それがシャルムに一斉に放たれるも、シャルムの目の前で見えない壁にぶつかり、ぐしゃりと崩れ落ちた。その直後には、同様の土槍がスラグに向かい、全身を貫いた。


 リズは護衛役であるし、一度手合わせのようなものをしているから、なんとなく実力はわかる。


 それよりシャルムだ。

 詠唱の速さがすさまじい。本当に唱えているのか疑わしいほど次々に魔術を繰り出しているが、口元が動いているので早口なだけだろう。

 審査官はその仕事柄、防御や隠密など、支援系の魔術に秀でている者が多い。が、やはり特別審査官ともなると、攻撃系の威力も馬鹿にならない。あのくらいの術なら小声でもいいというのは、さすが銀髪。


 うちに来た時も無駄にでっかいの唱えてたしな。


 アルトの洞窟での惨敗は、あの魔法陣による補助魔法の消滅とタタナドンの強化、そして不意打ちで同行者が負傷したことにより、シャルムが回復役に徹することになってしまったのが、主な要因なのだろう。

 万全の状態で挑めていたなら、強化されたタタナドンに遅れをとることはなかったはずだ。


 それにしても、なんて酷い戦い方だ。


 そんなことをしたら毛皮がボロボロに……! せめて水で……!

 爪を剣で受けるとか! 欠けちゃう!

 心臓にぶっ刺すのはやめてくれ!


 いかんいかん。見てる場合じゃない。仕事仕事。


 さすがに目の前で戦闘が繰り広げられているところで座り込んでじっくり陣を描くわけにはいかず、立ったままデザインを考えることにした。

 依頼の内容に合わせて、起動後の挙動を想像し、大まかな配置を紙に描いていく。


 ええと、これは何度か使うから、端に置いて呼び出すようにして、こっちは分岐するからこの辺、これは面倒だから面積を大きくとってベタ描きにするか。

 インクは赤のあれと、赤のあれと、茶色か? いや、高いけど緑のあれを使おう。色が似ていると描きにくい。今はコストよりも速度重視だ。

 となると、この円はこっちに置いた方がいいな。


「ノト! 悪ぃ、そっち行った!」

「うわっ!」


 リズの声に顔を上げると、スラグが目の前に迫っていた。


 咄嗟とっさにサイドステップでかわし、こちらに向き直ろうとしたスラグの右目に、腰のナイフを投げた。

 キャンッと一声鳴いて反動で後ろに倒れたスラグに素早く駆け寄り、口を掴んで腹を向こう側に向け、別のナイフで首をかき切った。


 リズが口笛を鳴らした。


「やるじゃねぇか」


 よそ見しながら三体のスラグを相手取っているリズに言われたくない。


 あーあ。血でべたべただよ。


 濡れた手をスラグの毛で丁寧にぬぐった。ナイフも抜いて同様にふき取る。


 ええと、どこまで行ったっけ。そうそう、この部分だ。

 ここはややこしいから一度動きを確認しといた方がいいな。またリズに頼むか。いや、省力化するとインクがもったいないからシャルムに頼もう。


「ノト、また行った!」

「ワザとやってますよね!?」

「バレたか」


 前方に回転しながら跳躍して、下を通り過ぎたスラグのすぐ背後に降り立った。スラグは前脚で急ブレーキをかけるが、勢いで後ろ脚が持ち上がりかけているので、尻尾を掴んで前転させる。顔を背中側から膝で地面に押し付けて向こうを向かせ、先程と同様に首に刃を入れた。


 えーっと、ここがこうなって……やべ、紙に血がついた。




「ノトぉ、終わったぞぉ」


 ほとんど返り血を浴びていないリズと、全く浴びていないシャルムが戻ってきた。


「あ、お疲れ様です」

「血のニオイでまた寄ってくる。さっさと離れるぞ」

「その前に心臓を集めてください。爪と牙も。あと尻尾!」

「なんで」

「結構いい値段で売れるんです。かさばらないので割がいいんです」

「あたしら別に金に困ってねぇし」


 いや、二人はそうかもしれないけど。

 俺は一庶民なわけで。魔法陣師は収入は多いけど支出も多いわけで。


「却下。行くぞ」

「そんなぁ」

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