第23話 馬車

 荷物をまとめ上げ、部屋を出て隣の部屋の扉を叩くと、シャルムが目をこすりながら出てきた。

「なんだ?」

「準備できました」

「書類はそこに置いておいてくれ。あとで食べる。それと、杖の形は輪にできないだろうか」


 ダメだ。完全に寝ぼけてる。


「おー、終わったかぁ?」


 右からリズの声がかかった。廊下の先から歩いてくる。


「どこか行ってたんですか?」


 リズはヒップバッグもしておらず、抜身の剣一本といういでたちで、少し汗をかいていた。


「外で剣振ってた」


 リズが素振り。似合わない。

 けど、そりゃ訓練だってするよな。特級剣士なんだから。


 リズの髪が少し顔に張り付いていて、そこから流れた汗が、顔、首、鎖骨と伝って、胸の谷間に落ちていった。


「そういや、昨日頼まれてたやつ、部屋ん中に置いといた。あれで丁度指輪二つ分。……おーい、聞いてっか?」

「え!? ええ、もちろん確認しましたっ。ありがとうございました。あの、シャルムが、寝ぼけててっ」


 ああ、とリズが近づいてきた。また、つうっと汗が流れた。


「これはな、こうするんだよ」

「ちょっ」

「あがっ」


 リズの手刀がシャルムの脳天を直撃した。


「ぐ……っ。リズ、その起こし方はやめろといつも言ってるだろう……!」

「起きないのが悪い」

「くっ。……あ? ノト、ここで何をやっている? 朝食か?」

「ええ。そうです。あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫なわけないだろ。さっさと行くぞ」


 シャルムは頭を押さえながら、リズが来た方向へと歩いて行ってしまった。


「え、あの、荷物は?」

「あたしが持ってく」


 リズが部屋に入ったので、俺はシャルムを追いかけた。


 ローブを着ていないと、体の細さが際立つ。剣なんて振ったことないんだろうな。


 あーあ、シャツはみ出てるし。

 特審官って言っても、偉そうな口調で話していても、まだそういう歳なんだよなあ。俺もこの位のときに眠くてよくどやされたっけ。


「特別審査官どの」

「なんだ、改まって?」

「お召し物が」

「ああ、助かる」


 シャルムはなんでもないと言うように、シャツをズボンの中に押し込んだ。

 ちっ。少しは慌てると思ったのに。





 遅めの朝食のあと、二手に分かれて俺は協会に寄り、二人の待つ馬車の乗り場に向かった。

 

 えーっと、チルデ方面は……ああ、これか。ウールート行き。


 ずらりと並ぶ、地図と文字で行き先を示している看板を頼りに、二人の待つテントを探り当てた。

 天幕をくぐると、シャルムが地面に敷かれた布の上に座っていて、リズがそのそばに立っていた。


「本当に乗合のりあい馬車で行くんですか?」

「貸切でも速度は変わらないからな」


 速度だけじゃなくて、広さとか乗り心地とか、色々違う。

 俺としては、寝心地がいい馬車がいい。寝たい。とにかく寝たい。

 四本足のギジが引く乗合馬車より、六本足のジーグが引く馬車の方が揺れないのに。


 とはいえ、自腹切って貸切馬車に乗るほどの余裕はない。特審官なら金持ってるだろ? 交通費も出るんだろ? 少しくらい贅沢したって……! しかし最初に宣言された通り、シャルムにその気はなさそうだった。


 定刻になり、馬車に乗り込んだのは、俺たち三人の他に、ごつい剣士のおっさんと、きれいな魔術師の奥さんと、街に買い物に来たというじいさんだった。


 定員八名の馬車に六人。最悪だ。


 乗合馬車と言われれば真っ先に思いつくのが、荷車の内側の左右に段差をつけて布を敷き、それを椅子に見立てた乗り物だ。時には上にほろがついたり、椅子がふかふかだったり、引いている動物が違ったりするが、まあ、大体どこで乗っても似たようなものだ。この馬車も、ごくごく普通の作りだった。


 つまり、へりにつかまることができるのは両端のみ。その間に座ると馬車が揺れるたびに左右に――馬車の進行方向でいうと前後に――体も大きく揺れることになる。

 しかも乗客は六名。本来左右四人ずつのところに三人。つまり一人分隙間が多い。揺れるどころか左右にずれてしまうだろう。


 そして当然のように真ん中の席は俺だ。

 軽いシャルムが真ん中に座れば、多少動いてぶつかっても互いにつらくないのに、譲る気はないらしい。

 俺の熟眠がどんどん遠ざかっていく。


 向かいでは、奥さんが中央に座っていた。にこりと笑顔を向けられたが、引きつった笑いしか返せない。

 奥さんを真ん中に座らせるのかよと思ったら、彼女の腰は、おっさん剣士の腕がしっかりと支えていた。


 なるほど!


 光明を見出した俺はシャルムのいる右側に詰めた。

 そのままシャルムの肩に腕を回し、馬車のへりをしっかりとつかむ。


「おい、なんだ。離れろ」

「嫌です」


 シャルムがぐいぐいと肘で押してくるが、ここは譲れない。嫌なら席をかわれと無言の圧力をかける。


「リズの方に行け」

「それもそうですね」

「待て」


 離れようとすると、シャルムが首根っこをぐわしとつかんだ。


「こっちに居ろ」


 よし。作戦勝ちだ。

 これで俺の安眠は守られた。


 ああ、ダメだ。 

 安心したら、急にまぶたが重くなってきた。

 シャルムの体温がぬくくて眠気を誘う。顔に当たるさらさらの髪も冷たくて気持ちがいい。


「くっつくな! 気色悪い」


 気色悪いとは失礼な。

 でもそういえば、俺も昔、そんなことを言ってたっけ。





「ノト。おい、ノト。起きろ」


 ガチンッと火花が散った。


「って!」


 飛び起きると、目の前にはシャルムとリズの顔。

 頭が痛い。まるで強力な拳骨をくらったような痛みだ。


「あれ、ここはどこです?」


 そこは地面の上だった。

 草が生えていて、空は青くて、向こうには森が見える。

 

 その辺には色々なものが散らばっていた。布だとか、木片だとか、袋のようなものだとか。

 草は焼け焦げていたり、血のような赤い液体がついていたり、まるでここで戦闘でもあったような様相だ。


「馬車は?」

「あんな騒ぎの中でもぐーすかぐーすか間抜けづらで寝こけてたお前のために説明すっとだなぁ、あたしたちは御者と乗り合わせた客に襲われた。で、あたしとシャルで返り討ちにした。そしたら馬車で逃げてった」

「つまり?」

「僕たちは街の外で置き去りだ。ここがどこかもわからない」

「は?」


 街の外?

 どこだかわからない?


 ……え?


 次の〆切どうすんの!?

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