第三章 護衛役

第22話 疑い

 ノックの音に気がついてドアを開けると、リズがいた。


「おはようございます」

「おまっ、目ぇ真っ赤だぞ。また徹夜か」

「今ちょっと寝てました。あ、昨夜はありがとうございました。助かりました」

「全く気づかねぇんだもんな。盗みも殺しもヤり放題じゃねぇか。ちったぁ気をつけろ」

「面目ない。集中するとダメなんです。家だと気づくようにしてあるんですけどね。って、俺、鍵閉めてませんでした?」

「あんなもん、有って無ぇようなもんじゃねぇか」


 両手で針金を動かす仕草をする。


「はは……」


 わざわざ閉めて行ってくれるとは、お優しいことで。


「シャルムは?」

「まだ半分寝てんだ。準備ができたら起こす」

「準備って? 朝食になら俺すぐ行けますよ」

「目的地が変わったんだよ」

「どこに?」

「チルデ」

「チルデ!? なんでまたそんな北の果てまで」


 リズは両腕を広げて肩をすくめた。


「いつ出るんですか?」

「朝飯食ったらすぐ」

「無理です。無理無理」


 体の目の前で両手を広げて小刻みに左右に振った。

 昼まではかからないかもしれないが、今すぐには無理。


「つってもなぁ。早く出ないと夜までに中継地に着かねぇ」

「こっちも夕方までに出さないと。夜までずっと馬車に閉じ込められたら間に合わないじゃないですか」

「お前、そればっかだなぁ。ちったぁ配分考えて仕事しろよ」


 してる! 超してる!


「ま、そう言うと思って、シャルを置いてきたんだ。さっさと済ませな」

「……ありがとうございますっ! すぐ終わらせます」

「待てよ」


 ドアを閉めようとしたら、リズの手がそれを制止した。

 俺やシャルムとは違って、指輪の一つもない細い指。


「どうしたんです?」


 ドアから手を離すと、するりとリズが入ってきて、後ろ手にぱたりとドアを閉めた。


「えーっと……」


 いつものニヤついた笑みではなく、女性らしい微笑みを浮かべて上目使いで近づいてくる。


 こう見ると、リズって俺より背が低いんだな。伸びやかな手足や存在感が体を大きく見せているんだ。いつもシャルムが横にいるせいもあるだろう。

 しっかりと筋肉がついているのに、女性らしい丸みもある。胸だけじゃなくて。


 って近くね? どこまで近づいてくるんだよ。

 近いっ、近いって!


 体が触れそうになって、じりっと後ずさったら、突然リズがぷっと吹き出した。


「ぎゃははは! なんだそのダートルににらまれたカタみたいなツラは。取って食ったりしねぇよ」

「俺で遊ばないでください……」


 はぁ。

 自分が情けない。

 逆に抱きしめるくらいの甲斐性があればイジられたりしないんだろうな。


「いやぁ、悪ぃ悪ぃ」

「……仕事片付けちゃいますから、出てってください」

「それがよ、シャルが寝てっから部屋に戻れねぇんだ。起こしたくねぇだろ?」

「そりゃあ、まあ。ならここにいてください。でも、邪魔はしないでくださいよ」

「わーってるって」


 俺は窓際の丸テーブルに戻って、描きかけの魔法陣に向き合った。


「って、言ってるそばから何やってんですか!」


 不穏な空気を感じてふと顔を上げれば、床に散乱している魔法陣の一つにリズが指を突き立てていた。


「ありゃ? なんで起動しねぇんだ?」

「しねぇんだ? じゃないですよ!? 起動しちゃったらパアじゃないですか! これ今日納品するんですからね!?」


 リズから大事な商品を奪い取った。

 これ以上荒らされないよう、床の魔法陣を拾ってテーブルの上にまとめる。


「悪ぃ悪ぃ」


 この女、絶対悪いと思ってない。


「触らないでください。てか、何もしないでください」

「へいへい」


 リズは丸テーブルの向かいの椅子を引き寄せ、椅子の背をまたぐようにして逆向きに座った。

 そして背もたれに両腕を置き、テーブルの上の描きかけの魔法陣と俺の手つきを観察し始めた。


 やりにくいなあ。

 人に見られていると居心地が悪い。

 何とか集中しようとするが、気が散って仕方がない。


「なあ、なんでさっき起動しなかったんだ?」

「未完成だからですよ」


 話しかけられると、逆に気が楽になった。


「未完成?」

「ええ。途中で弾みで起動したり、盗まれて悪用されないように、重要な線をわざと描いてないんです」

「買ったヤツはどうやって起動すんだよ」

「俺の依頼人――つまり仲介人ですね――が、必要な線を描き足して渡すんです」

「なるほどなあ」


 本当は他にも仕掛けはあるが、言う必要もないだろう。


「それ、前の結婚式のやつか?」

「違いますよ。それは昨日出しました。これは王宮の……ってそれ以上は言えません」


 筆を変えて別のインクにひたした。


「……ノト、お前魔力がないんだよな?」

「そうですけど? それが何か?」


 先に描いた赤い線の上に重ねて青い色を載せていく。最初はなぞり、続いて空白分を埋め、また重ねる。


「ならよ、花びらん時みたいな確認って、今までどうやってたんだよ?」


 !?


 っぶねぇ。ミスるところだった。


 一瞬上げそうになった筆をかろうじて滑らせ、そのまま一気に描きあげた。


 ジワリとひたいに汗が浮き出る。いったん筆を置いて深呼吸した。

 リズはその様子を辛抱強く待っていた。


「それはですね……あの子たちに手伝ってもらうんですよ。ほら、一緒に行ったでしょう?」

「ああ、貧民街の。なに、嘘をいていんじゃねぇかと思ってさ」

「そんな嘘を吐いて、俺に何の得があるって言うんですか。俺の魔力がないのは、魔力測定で証明済みです」


 ほんの少しでもあれば苦労してないっつーの。


 また筆をとり、色を載せていく。


「騎士見習いの試験に落ちたって?」

「どこでそれを?」

「ノトを推薦した人に聞いた」


 あんの人は本当に……。


 また筆を変え、今度は黒いインクで文字を描き足していく。

 一句一句間違えないように。慎重に、丁寧に――



 で、できた……。


「終わりました……よ?」


 顔を上げると、リズの姿はどこにもなかった。

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