第20話 魔法陣

「これか」


 洞窟の最深部の手前、シャルムたちが大きなタタナドンと遭遇したその広い空間で、俺は魔法陣を見上げていた。近づかなければ見えないほどうっすらと、そして離れて見なければわからないほど巨大に描かれている。これでは起動して光らなければ、まず気づかないだろう。


 異なる役割を持った四つの正方形が、大きな正方形を形作るように並んでいる。それは確かに四角い魔法陣だった。


 すでに壊れていて、所々線が欠けたり余計な線が加わったりして読みにくいが、小型化のための省略や反復、多重定義などをせずに素直に描かれている分、流れは追いやすい。


 描かれていた内容は、簡単に言えば「隠密の術を範囲内で感知したら、その場で使われている魔術を吸い取り、それを動力として本格起動し、指定した対象を強化する」という内容だった。

 黒い光を発するのは魔術や魔力を吸い取るときの特徴だから、予想はできていた。


 シャルムたちの補助魔術はこれで全てはがされ、大きなタタナドン一体を強化する動力に使われたのだ。

 力量差はこうして作られた。


 使われているインクの種類まではわからないが、円形でなければ魔力を回して節約することができないし、これだけ大きく描けば必要な魔力量も膨大になる。補助魔術をいくつも重ねていたのがあだになった。シャルムの力が強いことも悪い方向に働いたのだろう。


 感知部分を常時起動しておくための魔力は、初回起動時の魔力をこの円で回して節約しつつ……ああ、魔力を広範囲から少しずつ吸収しているわけね。無茶するなあ。


 タタナドンの目覚めは魔力不足による空腹のせいかもしれないな。それならドカ食いのわりにあまり大きくなっていなかったことの説明がつく。


 問題はこれを誰が描いたのかということだ。


 それはそれは素直に愚直に基本に忠実に描いてある。無駄な部分が多い。誤りはないが、美しくない。


 普通の魔術師が描くとすれば、当たり前に円形になる。四角い魔法陣の存在を知っているのは、王都で研究している魔術師か遺跡調査員くらい。魔力吸収の機構を知っているとすれば、もっと限定される。

 しかし俺の知っている限り、そいつらの中にこんな幼稚な描き方をする奴はいない。


 さらに重要なのは、これを何のために描いたのかということ。

 いたずらにしては悪意が過ぎる。


 わざわざ隠密の術をトリガーにしているところからすると、審査官を狙ったものなのかもしれない。


 まさかな。


 ここで考えても仕方ないか。調べるのはあいつらの仕事だ。


 大体の構造を描き写し、描き手の特徴がよく表れている部分をいくつか詳細に描き記した。


 よし。こんなもんか。

 では、ここでの最大の目的を果たしに行きますか。


 俺は息をしていない大きなタタナドンの横を通り、最深部へと足を踏み入れた。


 先ほどの空間を出てすぐ、真っ直ぐに下った先、洞窟が行き止りになっている所。

 一見何もないように見えるが、天井付近にヒカリミドリゴケがいる。ヒカリアオゴケのいない場所、暗闇でひっそりと生息しているこの生物は光に弱くて、見つけるのが難しく、活用法も特にないと思われている。が、例によってインクの材料になるのだ。


 昼食の時にシャルムたちに採取を頼もうと思っていたのに、なぜか予定を繰り上げてしまうものだから焦った。


 跳躍して天井に貼りつき、ヒカリミドリゴケを半分こそげ落とした。小瓶に移して光を当てないようにしっかりと布を巻いた。


 その辺の石を拾ってポケットに入れる。きがいいから、もしかしたら育てられるかもしれない。……と、ここに来るたびに挑戦しているが、いまだ成功はしていない。エサの石だけじゃ足りないのだろうか。


 剣士の魔石は頂いたし、タタナドンの角と牙と爪は回収した。毛皮や肉は持ち出せないから置いておくとして、後は……。


 二人の魔術師も、申し訳ないけれど置いていくしかない。食い荒らされないことを祈るのみだ。二人の持ち物には手をつけないでおく。足がつくと面倒だからな。


 おっと。そろそろ時間だ。戻らないと。

 左手首に巻き付いた光環が残り一本になっていた。


 最後に壁の魔法陣を爆破して痕跡を消し、俺はその場を後にした。


 入口の男が絡んできたので、「いやあ、俺には難易度が高すぎました」と言って笑っておいた。男はなぜか勝ち誇ったような顔をしていた。

 お前が強いわけじゃねえだろ。虎の威を借る狐め。


 聞き耳を立てていたらしい流れ者たちが、ホッとした表情を見せた。先を越されたと思ったんだろうな。

 

 すまん。その通りだ。

 ヒカリアオゴケには触れていないから、存分に採集してくれ。


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