第19話 洞窟再び

 一人で昼食をとり、宿に戻って装備を整え、俺は洞窟の前にいた。


 そこには協会直営の店があり、洞窟に入る前の最後の準備と出た後の回復や戦利品の売却が――ぼったくり価格で――できるようになっているのだが、出入り制限がある今は閉店していた。


 周囲には、様子を見に来た流れ者のパーティーがいくつかいた。家のある住人と違って、制限が続けばそれだけ宿泊費がかさむ彼らは、解除を心待ちにしているのだろう。


 入り口には、協会の職員と思わしき男が一人、仁王立ちしていた。


「入りたいんですけど」

「立ち入り禁止だ」

「審査官から入り口付近の様子を見てこいって言われたんですが」


 しれっと言ってみた。


「ふん、お前が?」


 俺の装備を上から下まで舐めるように確認し、職員は鼻で笑った。


「許可証はあるんだろうな?」

「ありません」

「なら通すわけにはいかないな」


 にんまりと男が笑う。何がそんなに嬉しいんだか。


「そうですか。やっぱり特級じゃなきゃダメですか?」

「そうだ」


 お前はお呼びじゃないんだよという態度。


「では……」


 チェーンを手繰り寄せて首もとから青い魔石を取り出した。

 ちょうど親指と人差し指で作った輪くらいの大きさをしていて、平べったい。周囲を金属が取り巻き、チェーンを通す金具に繋がっていた。

 内部には、デフォルメされた女性の横顔と、その上にかかる三本のアーチが埋め込まれている。


 王家の紋章と、協会の印を内包する青い魔石――の証。


「俺、特級なんで、入れて下さい」

「な……!」


 絶句したあと、渋々といった態度で、職員は道をあけた。


「誰か中にいます?」

「いるわけないだろっ」


 ですよね。


 特級は入れるといっても、警戒したり、入れない等級に遠慮したりして、制限中は足を踏み入れないのが普通だ。俺のように悪びれることもなく堂々と入って行く奴はそういない。


 出入り制限などというものは、協会が勝手にやっていることなのだから、それに従う義務はないんだけどな。別に国が立ち入りを制限しているわけではない。


 等級だって協会が認めているというだけで、それに縛られない人もたくさんいる。協会を通さない依頼はたくさんあるし、戦利品を協会ではなく、直接店で売ることもできる。


 依頼のランク付けも所詮目安でしかなく、自分の等級以上の依頼に挑戦しようが勝手だ。全て自己責任である。討伐の場合は、その証明さえできれば、登録者であろうとなかろうと報酬は支払われる。


 シャルムには悪いが、そもそも審査によって付けられたランクが間違っていることだってある。初心者の前に突然ドラゴンが出てきたって文句は言えないのだから、従う理由もない。


 協会へ登録すれば協会のサービスを受けることができる。その代わり、協会は登録者の動向を把握できる。それだけの関係だ。外部のサービスで事足りているのであれば、登録する必要はないし、一応登録だけしてあるという人も多い。


 なのに、この国を仕切っているのは自分たちだと勘違いをして偉そうにする奴がいるのだ。嘆かわしい。


 我ら国民が真に従うべきは、我らが敬愛する女王陛下のみ。ってね。


 なんて、協会に登録していて、かつをしている俺が言えることではないな。


 なにせ、俺は特級剣士ではないのだから。特級どころか剣士ですらない。名乗るだけなら自由だが、協会への登録は、あくまでも魔術師。


 魔石は偽物だ。正確に言えば、贋作がんさくではなく協会から発行された本物の魔石ではあるが、俺の物ではない。

 本来なら本人証明をしなければならないが、それを求められたことは今まで一度もない。

 悪く言えば詐欺、良く言っても詐欺。要はバレなきゃいいのだ。


 これが赤い魔石――特級魔術師の証なら、本人証明をしろと絶対に言われるだろう。黒髪が特級魔術師だなんて名乗ったら、怪しいどころか、正気を疑われる。


 実績だけでなら特級とまでいかなくても、そこそこは行けると思うのだけれど、いかんせん最初の関門である魔力測定に通らない。この国は魔力無しには優しくない。


 剣士もいい線まではいくだろう。

 だけど本職が魔法陣師の剣士なんてマヌケじゃないか。魔術師を兼ねる剣士はたくさんいるが、俺の場合、魔術師の肩書きが弱すぎる。

 それに特級剣士の証これがあれば困らない。偽物でも。



 さて。


 入り口からの光が届かなくなってからさらに進み、ヒカリアオゴケの光がぼんやり見えてきた頃、俺は足を止めた。


 荷物から魔法陣を取り出して、地面に広げる。両手を広げたくらいの大きさだった。

 超高級紙と超絶高価なインクと、膨大な労力をかけて描いた特別製だ。


 もったいない。

 これ、経費で落ちるんだろうか。


 考えても仕方がないか。 

 

 よし。一丁やりますかね。 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます