第18話 四角

 はね飛ばされた特審官は血を飛ばしながら地に落ち、一度小さくバウンドして、そのまま動かなくなった。


「シャルッ!!」


 女剣士が走り寄ろうとするが、大きなタタナドンにはばまれる。角がてらてらと血で濡れていた。

 剣士は回復術の魔石を投げた。無駄だとわかってはいたけれど。


「こんのクソがぁぁぁぁっっ!!」


 女剣士の雄叫びが上がる。しかし特審官には近づけない。剣士も加勢するが、攻撃を防ぐのがやっとだ。


 ついさっきまで息のあった魔術師は、先程のタタナドンによる特審官への攻撃のおり、前脚で無惨に踏みにじられていた。もう生きてはいないだろう。手から魔石がこぼれている。


 このままでは全滅する。


 行って帰ってくるだけのはずだったのに、なぜこんなことになっているのか。

 突然の視界の明滅と、隠密の術の解除はなぜなのか。

 でかいだけのこのタタナドンの異常な強さはどういうことなのか。


 いや今はそんなことより、どう生き残るかだ。


退くぞ! 特審官はもうダメだ。置いて行け」

「ざけんな! 手前ぇだけで逃げやがれ!」


 一人では逃げ切れるかわからない。狭い場所で挟まれたらアウトだ。二人でなければ。

 しかし、仮に特審官を助けたとして、お荷物を抱えた状態で逃げ切れるとも思えない。


 ――荷物なら、途中で放り出すこともできるか。


 冷静に計算し、女剣士の側につくことにした。


「俺が隙を作る。その間に特審官を拾って走れ」


 魔石はあと二つ。


 炎の術を封じた魔石を投げる。と同時に、特審官の前へと回り込んだ。反対側から、女剣士も回り込んできた。


 背後で女剣士が特審官を拾い上げたのを確認し、剣士はダメージ覚悟でいかずちの魔石をタタナドンの鼻面に叩きつけ、自分は後ろに跳んだ。

 顔は剣でかばうが、体にはいかずちが何本も刺さった。


「っ! 退くぞ!」


 痛みとしびれの残る体にむち打って、命辛々逃げ出した。





「なあノト、頼みがある」


 先ほど聞いた剣士の話を思い起こしていると、リズが、似合わない真剣な顔でこちらを見ていた。ようやく落ち着いたようだ。


「洞窟を、調べてくんねぇか。あたし見たんだ。あそこに、魔法陣みたいなものがあった」


 魔法陣が?

 あの洞窟は一般に開放されているのだ。もし遺跡があったなら、とっくに見つかっているだろう。


「見間違いじゃないですか? そんな所に魔法陣なんてあるわけが……」

「確かにあった。けど、四角かった」

「四角い、魔法陣、ですか」


 それこそ、そんなところにあるはずがない。


「ノトならわかんだろ?」

「それは……見てみないとなんとも……。本当に魔法陣だったのかもわかりませんし。第一、俺がそこまで行けると思います?」

「あたしが連れて行く」

「今戻ってきたばかりじゃないですか」

「僕も行く」

「シャル!?」


 戸口にシャルムがいた。

 もうとっくに血は止まっているはずなのに、シャツが真っ赤に染まっているせいで、左脇腹からまだ出血しているように見える。

 

「もう大丈夫なんですか?」

「なわきゃねぇだろ!? シャル、寝てろよ」

「大丈夫だ」

「シャルムも見たんですか、魔法陣みたいなものを?」

「見た。壁に大きく描いてあって、起動したときに、


 ――黒い光。


「黒かったら光らないと思いますけど……」

「僕には黒い光としか表現できない」

「あたしは、周りの光が消えたように見えた」


 ――周りの光が消える。


「とにかく、俺らだけではどうしようもありません。その大きなタタナドン、普通じゃなかったんですよね? 別種でないとすると、大きく成長すると発現する特性があったか、もしくは……」

「もしくは?」

「いえ、なんでもないです。何か文献で読んだことがあるような気がしたんですが……」


 シャルムが、懐疑の目でこちらを見ている。迂闊うかつだった。


「特審官を含む特級の審査パーティがこれだけの苦戦を強いられたんです。選抜隊を作って事に当たることになります。剣士を交えて今その協議をしているらしいです。二人も意見を求められると思います。討伐の後に確認しに行くのは構いませんよ」


 無理に話題を変えた。


「それでは遅い。審査は終わった。僕たちの討伐参加は拒まれるだろう」


 特審官と特級剣士がいるのに、行かせないってか。特審官は地元の協会、特に上層部には嫌われがちだ。失敗したとなれば尚更。


「報告書を書いて、詳しい魔術師に調べてもらうよう掛け合います。王都には、俺なんかより優秀な魔術師がたくさんいますから」

「そいつらなら、わかんのか、あの魔法陣」

「魔法陣を研究している部門も一応あるんです。そこのメンバーなら、あるいは」

、ねぇ……。四角い魔法陣でもわかんのか?」


 シャルムよりもリズが食いついてくる。シャルムの負傷が相当こたえたのだろうか。


「一般にはあまり知られてはいませんが、遺跡には、円形以外の魔法陣とおぼしきものが刻まれていることがあるんです。その研究が進んでいれば、わかるかもしれません」

「はっ! なら精々その優秀な魔術師っつーやつによろしく言っといてくれ。シャル、こいつは腰抜けだ。怖気おじけづいちまって役に立たねぇ」

「はは……きっついなあ。自分の力量はわかっているつもりです」


 魔力のない魔術師。魔術はつかえないし、魔石の起動もできない。特技は魔法陣を描くことだけだ。


「じゃあ、俺は仕事がありますんで、この辺で」

「てめ、シャルがこんな状況なのにシゴトだと!?」

「俺には俺の仕事があるんです」

「リズ、いい。ノトの言うとおりだ。ノトにはノトの仕事がある」

「薄情もん! ……魔法陣のこと、頼んだぞ」

「ちゃんと報告書は書きますよ」

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