第17話 洞窟

 暗くて観察には時間を要したが、その大きなタタナドンには、角が長すぎるだとか、多いだとか、尻尾が二本あるだとか、そういう身体的特徴の異常は一切ないことが判明した。

 他のタタナドンと同一種だ。さらに三倍大きいだけで。


 同じ種とはいえ、これだけサイズが違えば手こずる。だからこの個体だけ選抜者で討伐し、あとは討伐依頼を出すのだろうなと思った。


 そのとき、背後を一人で警戒していた女剣士が、別のタタナドンが近づいてきていることに気がついた。慌てることなく目配せでみんなを誘導し、タタナドンの進路を邪魔しない位置まで移動した。


 しかし、さらに別の個体もやってきた。


 戻ろう、と女剣士から合図があり、入り口の方へと移動し始めた。先頭は剣士、殿しんがりは女剣士。


 唐突に、視界が明滅した。ヒカリアオゴケの僅かな光さえ見えなくなる、まばたきのような瞬間が三度。

 同時にブチンッと何かが千切れるような音がした。互いを認識するために繋いでいた術の紐が切れた音だ。


 隠密の術が、とけた。


「走れ! 早く!!」


 女剣士が叫んだ。


 思わず振り返るのと同時に、後ろにいた二人の魔術師が横に吹っ飛んだ。大きなタタナドンの尻尾がなぎ払ったのだった。

 魔術師たちは離れた壁に激突し、どさりと地面に落ちた。そのまま動かない。


 大きさが規格外とは言えども、タタナドンごときが出せるとは思えない怪力だった。そもそもタタナドンの尻尾は、振り回すよりも巻き付く方が得意だ。念入りに補助魔術をかけてもいるというのに、たった一度払うだけで、二人の魔術師が戦闘不能になるなど、とても信じられない。


 剣士は緩みかけていた気を引き締め直した。まさに今、不測の事態に陥ったのだ。ここから先は剣士の仕事だ。


 女剣士と特審官の姿は見失った。回避したのだろう。


 いつの間にか明かりが打ち上がっていて、周囲の様子はよく見えた。


「うぅ……」


 壁に激突した魔術師たちの一人がうめいた。

 生きている。


 剣士は懐の魔石を起動して、そちらへ投げた。高レベルの回復魔術を封入したものだ。気休めにしかならないかもしれない。だが、その気休めが、命を救うこともある。


『――――』


 時を同じくして、とんでもない早口で呪文をまくし立てながら、特審官がタタナドンの陰から飛び出した。


 剣士も魔術師たちの方へ走る。

 しかし、別のタタナドンがそれを阻んだ。


 突進をかわし、尻尾の打撃は剣で受けた。

 重い。

 が、いなせないほどではない。


「シャル!」


 特審官の背を狙ったさらに別のタタナドンの爪を、走り込んだ女剣士が受けた。

 その横で、大きなタタナドンが特審官に迫る。


 クソッ


 前脚の攻撃をかわし、横に回り込んで首に剣を水平に突き刺した。そのまま薙ぎ払う。

 口の裂けたタタナドンは、血を流してどうと倒れた。


 魔石を起動して、特審官に向かう大きなタタナドンに投げつけた。背に当たり、ごうと炎が上がった。ギイィィとタタナドンが悲鳴を上げ、その場でばたばたと暴れた。肉の焼けるにおいがした。美味そうだと場違いなことを思った。


 でたらめにのたうち回る尻尾をかいくぐり、特審官の横にかばうように立った。特審官はしゃがみ込んでぶつぶつと呟きながら、回復魔術を使っている。

 おそらく、魔術の効果が消えるまでに、次の魔術を唱えて、連続使用しているのだ。さすが銀髪。しかし魔力の多さだけでやってしまえるほど簡単なことでないのは、剣士であっても知っていた。特審官の肩書きは、お飾りではなかったのだ。


 魔術師の方は、息をするのも精一杯な状態で、自分で魔術を使う余裕はなさそうだった。剣士が投げた魔石を握り込んでいるのが見えた。


 ちらりと横に視線をやれば、吹っ飛ばされたもう一方の魔術師は絶命していた。見ただけで、わかった。

 

 大きなタタナドンが炎の攻撃から立ち直り、こちらを向いた。振り下ろされた前脚の一撃を、剣で受け止める。


「しまっ――」


 ぐいと押されて踏ん張ったところで、急に力を抜かれた。踏ん張り先を失った体が弛緩した隙に剣を鷲掴まれ、取られまいと強く握り締めたのが災いし、剣ごと壁に投げつけられた。


 衝撃を殺そうと咄嗟とっさに魔石を起動したが、遅かった。後方に吹き出した風が勢いを増す前に、その風を押し潰すように背中から壁に叩きつけられる。息が全て口から押し出された。


 一瞬でも勢いを殺すことができたのが幸いしたのか、装備の差か、はたまた普段の鍛錬のお蔭か、魔術師たちの様子から覚悟したのよりは、ダメージが少ない。

 しかし衝撃で体が硬直してしまう。


 特審官に大きなタタナドンが迫る。


 目の前のタタナドンを斬り飛ばした女剣士が、追いすがる。


 特審官は近づくタタナドンに気が付いていない。いや、恐らく気付いてはいる。だがその場から動こうとしない。手が、負傷した魔術師の傷を押さえこんでいる。  


 剣士も一拍遅れて駆けだした。しかし、間に合わない。


「シャルッ!」


 女剣士の叫びが空を裂き――


 大きなタタナドンの頭にある大きな角が、特審官を突いた。

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