第16話 剣士

「どうぞ」

「ああ」


 俺はリズにタオルを差し出した。魔石つきの水道が使えず、他の魔術師に水を出してもらって濡らしたものだ。

 リズが顔をぬぐうたびに、タオルが赤く染まっていく。


「傷の手当てをしてもらいましょう」


 リズの左肩の下にはざっくりと切れた傷があり、流れた血の跡が白い腕に帯のように残っていた。


「血は止まってんだ。ほっときゃいい」

「でも細かい傷もありますし、手のあいている魔術師がいるんですから」

「あとでシャルに頼む」


 シャルムの傷は命にかかわるほどではなかった。

 しかしそれは協会に運ばれて来た時点の話だ。負ったときには、それはそれは酷かったそうだ。


 わき腹を縞角トカゲタタナドンの角で一突き。血を吐きながらも自分で魔術を使い、洞窟を出た後には近くにいた魔術師たちが、併走しながら回復術をかけてくれたのだという。

 シャルムは途中で気を失ったが、応急処置までは済んでいた。協会に詰めている魔術師は腕がいい。今も傷の修復を続けているが、じきに動けるようになるだろう。

 審査に同行した二人の魔術師は絶命し、洞窟の中に残されたままだという。


「あたしがそばにいたのに、守れなかった。守ってやらねぇといけなかったのに」

「リズがいたからシャルムは無事だったんですよ」

「でも、血を吐いて、苦しそうに、声がだんだん小さくなってって、呼んでも返事がなくて、シャルが、シャルが……」


 さっきからずっとこの調子だ。シャルムの様子が頭から離れないのだろう。自分を責め続けている。

 

 まともに話ができないので、詳しいことはもう一人の生還者である剣士に聞いた。





 協会の職員である剣士が特級に昇格したのはつい最近で、審査官に同行するのは初めてだった。


 審査官の仕事がどんなものなのかはわかっていた。

 行って、観察して、帰ってくるだけ。


 自分は不測の事態が起こったときのために同伴するのであって、ただ警戒さえしていればよいと、余計なことをしてはいけないと、よく理解していた。

 

 審査官を紹介されたときはひどく不安になった。こんなガキで大丈夫なのか。

 指揮をるのがそのツレの女剣士だというのも納得がいかなかった。

 しかし、ガキは特別審査官で、女剣士も共に経験を積んできたのだと説明されれば、従うしかない。


 洞窟の入り口で、特審官は全員に補助の魔術をかけた。防御や筋力上昇などをいくつも重ね、最後には隠密の術を。

 剣士にはよくわからなかったが、共に同行した二人の魔術師の様子からは、特審官の魔術が非常に高度であり、術同士の干渉も最小限に抑えられているらしいことが察せられた。


 洞窟に入った後は、先頭を進む女剣士が意外にも的確な指示を出し、剣士の不安はどこかへ消えていった。


 隠れ、ひそみながらの探索は何事もなく進み、地形的な異常も、生物の分布の異常も見られなかった。


 タタナドンが目撃された地点の近くまで来たところで、特審官が隠密の術をかけ直した。


 そこからは明かりを完全に消して、より慎重に進んだ。途中で何頭かのタタナドンを認めたが、通常より大きく育ち、人より一回り大きいサイズに育ってはいるものの、覚醒直後の興奮は収まっており、驚異レベルを引き上げるほどではなかった。

 一方、ヒカリアオゴケは予想以上に食い荒らされており、こちらは認識を改める必要があった。アルトの経済は打撃を受けるだろう。


 これなら洞窟への出入り制限を解除してもよさそうだと思い始めた頃、最深部の手前の大きな空間で、異常に大きな個体に遭遇した。そこはヒカリアオゴケの被害もことさら大きく、互いの顔がほとんど見えないほど暗かった。


 といっても、隠密の術があるのだから、近づきすぎたり、呪文を唱えたり、殺気をぶつけたりしなければ問題ない。



 ――なかった、はずだった。

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