第14話 花びら

「おいノト、メシ行くぞ。いつまでも寝てんじゃねぇよ。早く起きろ」


 がんがんがんがん扉が叩かれている。

 壊れそうな勢いだ。


「はーい、起きてますよー」

「なんだ、その顔。眠れなかったのか? あれか、枕が変わると寝れねぇ軟弱野郎か」

「いやぁ、夜通し仕事してまして」


 入り口の縁に腕を引っ掛けて体重を預けているリズ。その胸に自然と目が行ってしまう。背後にいるシャルムがしきりに目をこすっているのも意味深に見えてくる。


 めくるめく妄想が止まらなくて眠れなかったなんて言えない。

 諦めて仕事しようとしたら、魔石仕様の明かりはつけられなかった。やっちまったと思っても、隣の部屋に声をかけるのははばかられ、月明かりで頑張った。おかげで目が痛い。


「仕事って魔法陣のか?」

「はい。それで、朝食に行く前にちょっと手伝ってもらえませんか。すぐ済みますから」


 二人を部屋に招き入れ、小さな丸テーブルに描き上げたばかりの魔法陣を置く。三重の円と二重の正方形が組み合わさった陣だ。


「これを起動して欲しいんです。動きを確認したくて」


 シャルムがこっくりこっくりと舟をいでいるので、リズに頼んだ。


「ん」


 リズはためらいもなく、とん、と指先を陣の中心に突き立てた。


 すると魔法陣にしゅっと光が走り、続いてぶわっと風が吹き上がる。


「わっ」

「なんだ!?」


 リズは顔を両腕でかばった。シャルムも驚いて同じ動作をしている。


 しかしすぐに風はおさまり、頭上から、ひらりひらりと数枚の大きな桃色の花びらが落ちてきた。


「良かった。うまくいきましたね。これならなんとかなりそうです」


 ふわりと花びらが一枚、リズの手のひらに舞い降りた。


「花びら? にしてはなんか感触が……」

「正確には、花びらのように見えるナニカです。どっかの金持ちが結婚式の演出に使いたいそうで」

「魔法陣を、結婚式で使うだと!?」


 ぎょっとした顔でシャルムが身を乗り出してきた。完全に目が覚めたようだ。


「そうなんです。花びらの召喚なんてやろうと思ったら、何人かで唱和しないといけませんよね」

「そうだな。最低三人は要る」

「魔法陣なら、前もって準備しておけば、あとは起動するだけ。専門の魔術師も要りませんし、失敗の心配もない。お手軽で確実ですよ。今や魔法陣は物々しい儀式にだけ使うものではないんです」


 胡散臭うさんくさい商人みたいになった。

 材料と手間賃を合わせると、目玉が飛び出るほど高いのが玉にきず

 言わない所が尚更胡散臭い。


「これ、まだ使えるのか?」


 シャルムが魔法陣をじっと見つめている。


「あと二回くらいならいけますが、それ以上は壊れると思います。あ、でも――」


 シャルムが魔法陣をつついた。

 途端、ものすごい暴風と大量の花びらが吹き出した。


「ちょ、シャル、何やったんだよ!」

「な、何もしてない!」


 嵐はすぐにおさまったが、俺たちの髪はぐちゃぐちゃで、ベッドのシーツは半分めくれあがり、部屋は花びらだらけになっていた。


「シャルムの魔力だと多すぎるかもって言おうとしたんですが」

「僕はそんなに注いでない」

「そこは確認用ということで、加速と回収と再利用の機構が組み込んであって……えー、つまりは、少ない魔力でも足りるようにしてあるんです」

「少ない魔力で……?」

「要はシャルはすげぇってことだろ? 終わったんなら早く飯食いに行こうぜ。腹減った」


 髪を整えたリズが、これ以上は興味ないとばかりに部屋を出て行った。

 シャルムが後に続くが、もたもたしている俺に気が付いて足を止めた。


 片づけは後からすればいいが、なんのプロテクトもかけていない魔法陣をそのままにはしておけない。


 俺が金属の皿の上で魔法陣を燃やしているのを、シャルムは黙ったまま難しい顔で見ていた。


 魔法陣を前にした魔術師の反応は大きく二つに分かれる。役に立たないと馬鹿にするか、有効性に気づいて危険視するか。

 シャルムは間違いなく後者だろう。


 でもこれからしばらく一緒に過ごすなら、魔法陣のことを正しく理解してもらういい機会だ。俺たちは安全性を高めるために数々の努力をしてきた。

 有効性が認められて需要が増えれば、研究も進めやすくなる。




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