第9話 貧民街

 最後の目的地は、町のさらに外れにあった。


 通りは徐々に狭くなり、舗装も荒れていった。立ち並ぶ建物も汚れてくすんだ色をしていて、扉や壁が壊れている所もある。


 後ろをついてくるリズの足運びが段々警戒を帯びていくのが伝わってきた。

 何も知らずにこんな寂れた場所に連れて行かれるなんて、俺なら嫌だなと苦笑する。


 脇道を入って表通りの一本隣に出れば、もうそこは空気の淀んだ別世界だ。


「貧民街か」

「あまり声を出さない方がいいですよ」


 すれ違うのも難しいような細い道を足早に歩いた。

 両隣に並び建つ建物のせいで日が入らず、全体的にじめっとしている。どこからか嫌な視線が絡みついてきて落ち着かない。足元には元は何だったのかわかららないようなぐちゃぐちゃとした塊が落ちていて、クロネズミが脇を駆けて行く。


「そこで止まれ!」


 建物が半分倒壊しているような奥まで進むと、頭上から制止の声がかかった。


 背後でリズが剣を抜く。


「動くな! 前の男、手に持っている袋を置け。ゆっくりだ」


 俺はそれには従わずに、声の主に話しかけた。


「タンク、俺だ。ノトだよ。久しぶり」


「あ、ノトだー!」

「ノト! 久しぶり!」

「おい、お前ら、勝手に出るなっ!」

「ノトぉ!」


 名前を出した途端に、どこにいたのか、たくさんの子どもたちがわらわらと現れた。

 といっても通りが狭すぎて、大半は窓や扉から顔を出すにとどまっている。


「ノトがきれいなおねえさんといっしょにいるー!」

「けっこんだ、けっこんだ!」

「おねえさん、ノトのこいびとなの?」

「な、んだ、このガキどもは」


 リズは子どもに囲まれて困惑していたが、害はないとわかったのか、剣はとっくに納められていた。

 みなやせ細っていて、ボロボロの服を来ている。


「お前らちょっとどけ。そこ通せって」

「タンクにぃだけずるーい! わたしもノトとおはなししたいぃ!」

「タンクを通してあげて。ノトは忙しいんだからじゃましちゃダメ」

「ぼくもノトとあそぶー!」

「わたしもー」


 群がってくる子どもたちをかき分けてこげ茶色の髪を持つタンクが目の前に出てきた。大人びた目つきをしているが、歳は十歳ほど。


「ごめん、ノト。いつもと服がちがってたし、誰かを連れてくるなんて珍しかったから、わからなかった」

「いいんだ。それくらい用心していないと危ないからね」


 俺は腰を落として子どもたちと目線を合わせた。


「これから出かけるのか?」

「えー、ノトどっかいっちゃうのー?」

「ちょっとね」

「ねえ、このおねえさんは?」

「お姉さんも一緒だよ」

「けっこんだ! けっこんだ!」

「あー、お前らうるさい! じゃまんすんなっての!」

「きゃー、タンクにぃがおこったー」

「おこったおこったー」

「ほらほらみんな行くよ。これ以上タンクを怒らせたら、夜に怖い話されるよ」

「やだー!」

「ノトまたねー!」

「おねえさん、こんどあそんでね!」


 タンクと同じ年頃の子たちにうながされて、全員、出てきた時と同じくらいの速さで一斉に引っ込んだ。

 元気な声が陰鬱いんうつな空気を吹き飛ばしたのか、あたりが幾分明るくなったような気がする。


「ったく。怖い話なんてするかよ」

「タンクは優しいもんな」

「な、優しくなんて……!」

「その優しいタンクにお願いがあるんだけど、今回も見回りを頼めないかな」

「もちろん、いいぜ」


 タンクは照れながらも腰に手を当ててふんぞり返った。

 頼もしいことだ。


「いつも悪いね。ここからだと遠いのに。外に食料出しておいたから、みんなで分けて。畑の作物も食べていいよ。でも──」

「周りの木になっている実には手をつけないこと。誰かを見かけたら手を出さずに協会に知らせること。森の様子がおかしかったら近づかないこと。わかってるって」

「よし。じゃあ頼んだ。あとこれ、干しかけのアメクサ。もう一日太陽に当てて真っ青になったら売るといい。みんなに服でも買ってあげて」

「サンキュー、ノト。あいつらどんどん大きくなるから布が足りなくて困ってたんだ」


 俺は抱えていた袋を差し出した。


 こたえながら受け取るタンクが、一番寸足らずでつくろった跡の多い服を着ていた。

 服は年長者から年少者へ譲っていくものだから、最年長のタンクが着る服がなくなるのは当然のことだ。なのにいつも自分を一番後回しにしている。


「ノト」


 タンクがちょいちょいっと手招きしたので、顔を近づけて耳を貸す。


「あの姉ちゃんと結婚するのか?」

「ないない」


 こそっと真剣な声でタンクが聞いてくるものだから、吹き出してしまった。

 会ったばかりでそれはない。


「雇い主が同じだけだよ」

「ちぇっ、つまんねーの」


 タンクが心底残念そうに離れていった。


「んじゃあ、気をつけてな。見回り任せといて」

「ああ。よろしく。戻ったらまた寄るよ」

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