第7話 準備

 早速準備を開始した。

 午後としか言われなかったから夕方までに行けばいいとも思うのだが、また怒らせて依頼をなかったことにされるとこっちとしても困る。早いに越したことはない。


 まずは持っていく物の準備だ。


 服はこまめに洗濯すればいいから最低限。食料は現地調達すればいいから保存食を少しだけ。小さな鍋とカップは持っていこう。野宿は滅多にないと仮定して、タープ代わりの薄い防水布と丈夫な紐だけ持つ。あとは歯ブラシだとかタオルだとか細かい日用品。

 この辺は簡単だ。足りないものがあれば、経由する街で買えばいい。


 気をつけなければいけないのは、入手が困難なもの。


 特に仕事道具。

 筆記用具は厳選して箱に入れ、紙は種類ごとにまとめて油紙で包む。インクの小瓶は割れないようにそれぞれ布でくるみ、特殊な素材もいくらか袋に入れた。

 すでに受けてしまった仕事のリストと資料は正直忘れていきたいけれど、そんなわけにもいかない。これは移動しながら描くしかないな。

 採取用の手袋、袋、小瓶も忘れない。精製用の道具も出来ることなら持っていきたいが、かさばるし重いし壊れやすい。現地の協会に借りるしかないな。乳鉢と圧搾器だけあれば最低限のことはできる。


 あとは武器と防具だ。

 しまってあった剣を引っ張り出し、刀身をさっと確認した。手入れは道中でしよう。

 棚の引き出しの中のナイフも同様だ。普段使っている大ぶりのナイフと、枕の下のナイフも回収し、全てテーブルの上に並べた。


 さらに甲に金属を縫い込んだ指なし手袋、底のしっかりしたブーツ、耐火耐刃素材の外套を出す。

 防具はこれだけ。

 プレートや盾なんか持っていない。戦闘要員ではないのだから、これで十分だろう。でなければ買うしかないが、そんなことにならないことを祈りたい。


 こんなもんか。


 何度か旅をした経験があるので、この辺の準備は早かった。

 持ち物は五日の旅も五十日の旅も変わらない。仕事道具を持って行くかどうかくらいで、徒歩でなく野宿もしないのであれば、むしろ少ないくらいだ。


 大変なのは家を空ける準備の方。


 長期不在にするのであれば、腐るものは置いていけない。危険なものや、貴重品も。

 わざわざ盗みに入るほどの物がある家には見えないと思うけれど、住人が長期で不在になるのなら、ダメ元で侵入するような不届き者がいるかもしれない。


 食糧はカゴや袋ごと外の扉脇に集めた。

 畑があるので家の中に野菜はほとんどない。逆に穀物や保存食は多かった。引きこもっている間に食料が尽きると死活問題だからだ。

 帰ってくるまでもつんじゃないかとも思ったけれど、予想が外れるとさらにもったいないことになる上に、帰宅早々それを始末する羽目になる。

 処分するしかなかった。


 持っていけない素材は、そのまま置いていくものと、処分するものに分けた。後者をさらに二つにわけ、片方は袋につめた。

 残ったもう一方を、家の裏へ持って行き、穴を掘って放り込む。植えてあったフタチリバナも全て引っこ抜いて入れた。

 ついでに魔法陣を描き損じた紙、実験用のメモ、調合中のインクなんかも入れて、最後に油を少々。


 そこに火打ち石で火をつけると、勢いよく燃え始めた。炎が白や紫になりながら踊るのを見て、もったいないという気持ちがわき上がってくるが仕方がない。

 確実に燃え尽きたことを確認し、灰を埋めてしまえば処理は完了だ。


 家の中にとって返し、貴重品を集める。

 現金はもちろんのこと、宝飾品や魔石もだ。精製に使う特殊な金属の棒は、まさか持っていかれることはないだろうが、それなりに高価なので一緒に袋に入れた。


 かまどの灰を捨て、軽く掃除してから桶の水を捨て、装備品を身に着けた。

 これで準備は終わり。


 荷物を入れた鞄を背負い、外に出た。扉から見える室内は物が減って少し寂しくなっていた。


 おっと窓を閉めていない。


 全開になった窓をしっかり閉めて、扉の鍵を閉めたことを確認した時には、太陽は頭上を越えていた。


「行ってきます」


 なんとなく呟いて、素材の入った袋を抱え、町に足を向けた。


 あ、しまった。


 三歩歩いたところで忘れ物に気が付いた。

 慌てて引き返し、三度も施錠を確認した鍵を開けて、机の引き出しの隠しスペースに入っていた、細い鎖のついた魔石を取り出し首から下げる。


 危ない危ない。


 改めて鍵をかけ、今度こそ町に向かった。


 帰ってきたときに家が吹っ飛んでなくなっていました、なんてことがありませんように。

 今朝の特審官の魔術を思い出して、なんとなく思った。

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