第6話 詳細

「弱みでも握られているのか」

「まあ、そんなところです」


 弱みなんてもんじゃないけど。

 とにかく、こうなったら腹をくくるしかない、と気持ちを切り替えた。


「中で詳しい話を聞かせてください」

「他に話すことはない」


 しかし、返ってきたのはそっけない言葉で、俺のやる気はあっさりとかわされてしまった。


 んなわけないだろ!

 まだドラゴン討伐に同行することしか聞いてない。


「いつ出発するのかとか、どこに行くのとか、どの街を経由するのかとか、どのくらいの日数がかかるのかとか、移動手段はなんなのかとか、聞きたいことがたくさんあります。それによって準備するものが変わってきますし」

「今すぐ出発する」

「今すぐ!?」

「冗談だ。今日中に出る」


 今日中って。


「とにかく中で話しましょう。家の中片づけてくるんで、ちょっと待っててください」

「リズの治療が先だ」

「あ、ああ、そうですよね。痛いですよね。すみません。あそこにある灰色の木より向こうなら、魔術使えます」

「シャル、あたしなら大丈夫」

「いいから来い」


 離れていく二人を背に家に飛び込んだ。

 まずは着替えだ。上着でなんとか格好はついていたとはいえ、寝間着のままでいたことがひどく恥ずかしい。

 机の上の仕事道具をそのまま引き出しに突っ込む。テーブルの上も片付けて、向かい合って置いてある椅子をテーブルの片側に並べた。

 ベッドを整えて、見られたくないものを隠せば、ひとまず人を迎え入れられるだけの空間はできた。


 お茶は……まあいいか。

 特審官サマ相手になんのお構いもなしというのは居心地が悪いけど、あの調子なら出さなくても文句は言わないだろう。


 ぐぅ。


 そうか。朝食がまだだった。

 

 戸棚からパンを取り出し、桶に入っている水で無理矢理流し込んだ。


 これじゃいつもと変わらないじゃないか。


 今日はトトルの玉子を焼いて、新鮮なサラダを作って、食後にはキモモを食べようと思っていたのに。

 この休みを楽しみに連日ほぼ徹夜で頑張って来たのに。


 どうして俺が突然こんな目に。


 はぁ。




「失礼する」

「どうぞ、お座り下さい」


 少年と女に椅子を促して、俺はテーブルを挟んだ向かいに立った。


「マジで魔石使ってねぇんだな。ろうそくに、かまどに、桶の水。へぇ、保冷庫もねえのか。洗濯や風呂はどうしてんだ?」


 どかっと座った女は物珍しそうに家の中を見回した。居間兼寝室兼台所の一部屋なので、見通しはかなりいい。


「もちろん洗濯は手で。風呂は外に……って、その話はあとでしましょう。今は依頼の――」

「最終目的地は西のはずれ。経由地は複数。期間は五十日以上。移動手段は主に馬車。――他に必要な情報は?」

「五十日!? しかも以上ってなんです、以上って。西のはずれったって、そこまで遠くはないですよね。とばせは五日かそこらで着きます。往復してもせいぜい十五日じゃないですか」

「軍を動かすのには時間がかかる。それにまだ日程すら決まっていない」

「……決まってから来てくださいよ」


 なんでこの段階で俺が必要なんだ。

 日取りが決まってから現地集合でいいじゃないか。


「途中の街で仕事がある。それにも付き合ってもらう」

「なぜ?」

「知らん。会長の指示だ」


 また会長。

 

「話は終わりだ。午後に協会に来い。リズ、行くぞ」

「ちょっ、まだ聞きたいことが……!」


 少年は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、さっさと出て行ってしまった。


わりぃ。シャルは今虫の居所が悪ぃんだ。大目に見てやってくれ」

「リズ! 早く来い!」

「んじゃ、また協会でな」

 

 ひらひらと手を振って、護衛役も出て行った。


 俺は、片付けたばかりの部屋に、ぽつんと取り残された。


 何なんだよ。


 これから数十日間も一緒にいることになる相手。

 若くて、偉くて、恐らく実力もあって、そして少々怒りっぽい。


 うまくやっていけるだろうか。


 今日何回目になるかわからないため息が漏れた。


 しかし、やることが決まったのなら、あとはやるしかないのだ。

 それはもう、染みついてしまった習慣のようなものだった。

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