第5話 了承

「もう一度いいですか? ちょっとよく聞こえなかったみたいで。ドラゴンが何ですって?」

「なあ、今のって――」

「ドラゴン討伐に同行してもらいたい」


 聞き間違いではなかった。


 ドラゴン? ドラゴンって、あのドラゴンだよな?

 討伐というのは、つまりは、ドラゴンを倒したいと。

 で、俺に同行してもらいたい?

 無理だろ。無理無理。


つつしんでお断りします」

「残念ながら、拒否権はない」


 拒否権がないってなんだよ。


「それは依頼ではなく、命令というのでは?」

「協会の要請に従うのは登録者の義務だ」

「求められているのは努力義務です。強制されることはない」

「相応の報酬は出す」

「――よっと」

「俺にはそれを蹴ってっ、断る権利がある」

「今回に限り、貴殿にはない」


 無茶苦茶だ。


「なぜ俺に? どう考えても不向きですよね? 役に立てるとは思えませんっ、が?」

「魔法陣らしきものがあるとの報告があった。その解析を頼みたい」

「だったら尚更、俺じゃなくてもいいじゃないですかっ。こんな大きな仕事な、ら、やりたがるやつの二、三人、すぐ集まります、よっ」


 軍隊が動くのだ。それも領主のではなく、国の軍隊が。

 大掛かりな討伐になれば人も金も大きく動く。偉いやつも金を持っているやつも強いやつもわんさか集まってくるだろう。

 目的がなんにせよ、一枚噛めば美味しい思いができることは間違いない。


 ならば、森の中で一人ひっそりと暮らしている俺のようなはみ出し者を、わざわざ引っ張り出す必要はない。

 

「魔術が使えて、ちゃんと役に立つ人を探した方がっ、いいですよっ! 魔力のない俺はっ、魔術はもちろん、魔石も使えませんっ、からねっ!」

「魔石もか」

「――ありゃ? おかしいな」

「そうですっ。だから、町でなく、森の中こんなところに住んで、るんですっ。水道も使えないん、ですからっ!」


 水を汲むなら川が流れている森の方が都合がいい。同様に、ろうそくの明かりも、料理のためのかまども、町の中では使いにくかった。


「俺は魔法陣をっ、描くしか、取り柄がありませんっ。お役にはっ、立てないと、思います、よっ!」

「だが少なくとも――」

「少なくとも!? 何、ですっ!?」


 ああ、鬱陶うっとうしい!


「かはっ」


 かはっ?


「――少なくとも、リズのちょっかいを片手でさばき続けた挙げ句、一発入れることができる魔術師は、そういないだろうな」


 俺の左手は護衛役の右手首を引っ張っていて、右手は引きつけた胴体の急所にめり込んでいた。


「う、うわあああっっっ! すみませんっ! 大丈夫ですかっ!?」

「うっ、げほっ、げほっっ」


 手を離すと、地面に崩れ落ちるようにして、護衛役の女はむせた。


「すみません、すみませんっ! つい!」

「つい、で倒されては護衛であるリズの立つ瀬がない」

「俺、熱中する癖があって、他のことが疎かになるというか、無意識に片付けてしまうというか……」

「無意識に、では、尚更立つ瀬がない」

「いいえ、あの、職業柄、強盗に遭うことが少なからずあってですね、護身術を少々たしなんでおりまして……すみません」


 手を差し伸べて、今度は護衛役を引き起こした。


「ってぇ、油断した。けほっ、お前やるじゃねぇか。いっちょ本気でやんねぇ?」

「俺がボコボコになるのが目に見えているのでお断りします」

「わからねぇだろ」

「わかってますよね」


 彼女はにんまりと笑った。


「気に入った! シャル、こいつ絶対連れていくぞ」

「お断りします!」

「拒否権はないと言っている」

「断ったらどうなるんです? 今後二度と協会の仕事はできないとか? それとも、ありもしない罪を捏造ねつぞうされて拘束されるんですか?」

「何も」

「だったらどうやって――」


 嫌な予感がした。

 俺に問答無用で何かを強要できるとしたら、女王陛下か、あるいは――


「……俺のこと、どこで知ったんです?」


 仕事を受けるために、一応魔術師として協会に登録してはいるが、名前と住んでいる町が記録されているだけで、認定も功績もなにもない。


 まれに魔術師と関わることがあっても、俺が魔術師だと認識されることは少ない。だいたい雑用係に勘違いされる。俺もいちいち訂正しようとはしない。

 よく顔を合わせている町の住人だって、ほとんどは俺のことを魔術師だとは思っていないだろう。せいぜい調合師だ。


 特に魔法陣を描くことを生業なりわいにしていることを知っているのは、ここの協会でも数人と、そして前職で深く関わっていた人たちだけだ。


 その中で、こんなできそこないの魔法陣師の名前が出るとしたら。


 少年は、苦虫を噛み潰したように顔をゆがませた。


「会長のご指名だ」

「かい……ちょう、の……?」


 終わった――。


 さらば俺の休日。

 さらば俺の平穏な日々。

 さらば俺のこれからの予定。

 

 少年の言う通り、拒否権はなかった。最初から。


「そのご依頼、お受けします」

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