第4話 依頼

 畑に描くわけにもいかないので、二人には家の横まで移動してもらった。


 立てかけてあった道具を手に取り、地面に魔法陣を描き始める。

 

 まずは大きな円と、同じ中心を持つ小さな円。

 そして二つの円をつなぐように文字を。

 対象と、規模と、現象を、不足なく。しかし不要な部分は省いて極力簡略化。

 小型化する必要はないから、難しい字は使わない。平易な言葉で、スピード優先で。

 でもせっかくだから、簡単な演出は入れておこう。


 普段から試し描きしている場所なので土の表面は軟らかく、棒の先に尖った金属を被せただけの道具も手に馴染んでいて、すぐにきれいな魔法陣が出来上がった。

 全体の大きさは大人三人が両腕を広げたくらいだ。


「へえ、あっと言う間にできちゃうもんなんだな」


 いつの間にか、笑いの止まった護衛役が少年の隣に並んでいた。


「では、あちらの陣の中心へ」

「いやしかし、こんな即席で無造作に描かれた魔法陣に入るのは……」

「なぁにビビッてんだよ、ほら」


 尻込みをした少年の背中をバシンと叩いて、護衛役の女が押し出した。


「大丈夫ですよ。汚れを落とすだけです」

「しかし、下にはもう一つ魔法陣があるんだろう……? 干渉したりだとか……」

「干渉しないようにしてあります」


 くっと悔しそうな顔をして、少年はしぶしぶ陣の中心に立った。


「魔力を練りながら、杖で中心を突いて下さい」

「僕が起動するのか?」

「魔力がありませんから、俺には起動できません」

「な……! 起動もできないのか!? なのに魔術師などと……!」

「シャル、もうそれいいから。早く」


 チッという舌打ちと、何で僕がとか、こんな得体の知れないだとか、失敗したらただじゃおかないだとか、色々聞こえてきたそのあとで、少年は杖を構え、すっと目を閉じ、地を突いた。


 その瞬間、陣が光り、地面からぽわりぽわりと光の玉が浮き上がってきた。

 それらは少年の体のあちらこちらに付き、ぷるぷると震えたあと、次々にぱちんとぱちんと消えていった。


 全ての玉が消えると陣の光も止み、少年が着ていたローブは汚れがすっかり落ちて新品のように真っ白になっていた。


 その間、数秒。


「すっげぇぇ! めちゃくちゃ綺麗だった! な、シャル」

「あ、ああ……」


 少年は自分のローブをまじまじと見つめていた。


「ローブ以外の汚れも落ちているな。だが杖の汚れはそのままだ」

「対象を衣服に制限したので。鞄は……ああ、やっぱり衣服とは認定されなかったんですね。靴はいけるかと思ったんですが、こちらもダメでしたか」


 衣服ではなく、身に着けているものと指定するべきだったかもしれない。

 でもそうすると術式が複雑になるなあ。


「てっきり水でも呼び出すのかと思っていた。今の術の属性は何だ?」

「魔法陣には属性という概念はありません。そういう現象を起こした、としか」

「現象、か。……貴殿、何をしている?」

「何をって、陣を消してます」


 俺は少年の周りをぐるぐる回りながら、靴で魔法陣の痕跡を消していた。


「誰でも起動できる状態で放っておくのはよくないので。いたずらで起動されるならまだしも、知らないうちに書き換わっていると大変なんですよ」


 うっかり一本線が入って、うっかり誰かが起動しようとしても、失敗するのがオチだ。でも万一うっかり起動できてしまったら、何が起こるかわからない。


「お前やるなぁ」


 がばっと護衛役の女が後ろから肩に腕を回してきた。


 ちょ、おっぱい当たってるから! 当たってるから!

 なんかいい匂いするし。


「そうだな。ノト・ゴドール氏に相違ないだろう。貴殿、疑って失礼した」

「いや、いいんですよ。よくあることです」


 疑われるのはね。

 突然攻撃されたのは人生初だ。


「では改めて、ノト・ゴドール殿に頼みたいことがある。これは特別審査官としての正式な依頼だ」


 俺は女を引きはがすのに躍起になっていた。

 腕が首に回ってがっつりとホールドされている。

 おっぱいが顔に当たっていて、いろいろとヤバい。


 いい加減離れろよっ。

 

 俺の悪戦苦闘っぷりを完全スルーして、少年は言葉を続けた。


「ドラゴン討伐に同行してもらいたい」

「は?」

「あれ?」


 俺は思わず女の腕からするりと抜け出してしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます